第8話 招き入れる勇者
普通なら誰だって慌てふためく状況だ。けれでもルージュは涼しげな顔を一切変えることなく、自分に飛び掛かってきたクローグレを瞬く間に一刀両断にしてしまった。青黒い光が幾何学模様を成してブレードのようになっていることに気が付いたのは、その全てが終わってからだった。
視界の端でそれを捉えたオレは、対峙しているクローグレの毛皮に捕まると引きずりおろすかのように全体重を預けた。不意の事に足を取られたクローグレはオレにのしかかるように倒れる。
ズドンッ! と、辺りに地響きと共に揺れた。
オレは動かなくなったクローグレの下から、這い出ると服や鎧に着いた土を軽く払った。その後に見たルージュが少々驚いた顔をしている事にオレも驚いたが、気にせずに言葉をかけた。
「流石にそのままの姿でも十分に強いな」
「主も私に力を封印されているというのに、よく戦えたな。今の主の力ではかなりの強敵だと思ったが」
「ああ。お前の言葉を忘れていたし、慣れというのは怖いな。筋力がまるで別人のみたいにまともに動きやしない。もう一度基礎から鍛え直さなきゃならん」
◆ ◆ ◆
そう言った主は気を取り直して怪物を器用に解体し始めた。素材として良い金策ができたと喜んでいるようだった。
私はその後ろから主が仕留めた怪物を見た。喉元に深く予備の短剣が刺さっている。その技前に私は素直に感心してしまった。
(なんという手練だ・・・。力負けしているのを理解した瞬間、相手の力を逆手に取り怪物の自重で剣を喉に突き刺したのか。それも手甲が食い破られた、その刹那の早業。少しでも遅れていたら腕に食い付かれていたはず。それを本当に実践した上、傍目に見ていても焦り一つ見せなず冷静さを保てる精神性・・・咄嗟に預かっていた力を返しそうになったが、様子を見てよかった・・・あの男に使われていた時から単純に持っている力をぶつけるような使われ方しかされなかったからな。剣の扱いに長けた者に使われるなど想像しただけで武者震いがする。良い剣に出会えることを戦士は喜ぶというが、その逆も然りだな)
そんなことを考えていると、誰かの視線を感じた。主に伝えようと思ったが、既に気付いている様子だった。
◆ ◆ ◆
クローグレの体を解体していると、茂みの奥に気配を感じた。大分拙い気配の消し方だったので案の定ルージュも気が付いている。
オレ達は目くばせだけで配置を決め、挟み撃ちで見えない敵を追い詰めた。するとそれは逃げ出すために勢いよく飛び出してきた。が、こちら警戒していた上に相手の動きが遅い。足を引っかけると盛大に転ばすことができた。
クローグレの血の匂いに紛れて分からなかったが、それは魔族の女だった。女は殺されるかもしれないという恐怖に怯えた顔をこちらに向けてきていた。
「…魔族か」
オレは地面に転がって這いながら後ずさる少女を見て呟いた。見た目だけならかなり若い。十五、六歳といったところだろうか。魔族の年齢は分かりずらいから定かではないのだが。
だが、それでも異形の形は成していた。袖や裾から見える肌は少し虫っぽく見える。恐らくだが何かしらの甲虫をベースにした肉体をしているのだろう。丸くツバのない帽子の後ろから出ている二本の三つ編みは青みがかかっている。それと同じ色の瞳には涙がたまっていた。
同じく魔族であろうルージュの顔色をチラチラと窺っているが、自分の味方ではないという事を雰囲気で感じ取ったようで、さらに絶望の色になった。
オレは腰巻に使っているクローグレの毛皮を見て少女の正体と、何故あのような上級の怪物がこんな田舎の森に出たかを察した。
「お前だな…『召喚士』だな?」
「ひぃ!」
思わず凄んでしまった。事態をよく分かっていないルージュがオウム返しにオレに質問してきた。
「召喚士?」
「ああ。さっきの熊の怪物はこいつが召喚したものだろう。そうだとすれば、こんなところでクローグレに出くわすのも説明が付く。尤もクローグレを、それも二匹も召喚するとなるとかなりの使い手だ。召喚士は自ら倒した怪物の体の一部を身に纏うことで、それを媒介にして霊性に肉体を与える。その時に力量が足りないと、その召喚した怪物に逆に襲われたりもするが、こいつは見事に使いこなしていたからな」
「なるほど」
と、一言言ったルージュはつかつかとその少女に歩み寄る。右腕には再びあの青黒い光のブレードが出来ていた。
「それで? なぜ我が主を襲った?」
「わ、わたしは貴女を助けようとしたんですぅ…」
「私を助ける?」
「フォルポス族と歩いていたので、てっきり従属させられているんだと…だから解放して一緒にいてもらおうとして…」
その返事に今度はオレが反応した。
「一人なのか? パーティはどうした?」
その見た目のせいで、つい情けをかけてしまった。本来であれば即刻排除すべきであるというのに。魔族の女はどういう仕組みか、往々にして庇護欲をかき立てるような見た目や仕草を見せてくる者が多い。それが奴等の手とは経験上、嫌というほど分かっている。
などと思った時には後の祭りだった。少女は身の上話を聞かせてきた。
「それが…分からないんです」
「どういう意味だ?」
「き、記憶がないんです。自分の事も、何でここにいるのかも殆ど覚えていなくて…気が付いたらこの森にずっといたんです。だから通りかかる行商やパーティを襲って他の魔族がくるのを待とうと」
オレは立ち上がり、耳打ちするようにルージュに尋ねた。
「…どう思う?」
「嘘を言っているようには見えないな。思えばさっき私が斬った熊も、私ではなくて主を狙っていたかもしれん」
「そうか…」
その時。
オレの頭の中に妙な考えが浮かんだ。少女の素性も言葉の真意も不確かなままで、何故こんなことを思いついたのか、自分でもよく分からない。そんな頭は冴えながら酔っぱらっているような心持のままに、オレは少女にこう告げた。
「お前。オレ達と一緒に来る気はないか?」
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