第7話 考える勇者
◆
この世界には大きく分けて五つの種族があり、それぞれが国や地域を治めて社会を成している。
山に生き、鍛冶を何よりも誇るフォルポス族。
森に生き、農耕を何よりも尊ぶニアリィ族。
街に生き、信仰を何よりも敬うリホウド族。
空に生き、学問を何よりも慮るササス族。
戦に生き、闘いを何よりも悦ぶビーロス族。
各種族が助け合ったり、時にはいがみ合ったりしながらこの世界に生きており、当然と言えば当然だが、種族によって価値観や得手不得手はバラバラだ。だが、唯一魔族という共通の敵とそれを討伐すべきであるという認識を持っている。
だから魔王討伐を掲げるパーティの多くは、その五大部族で構成してお互いの利点を伸ばしたり欠点を補ったりしながら戦うことを良しとするか、さもなくば同じ種族だけで組み、相互理解やチームワークを最大限に発揮することを目指すかのいずれかである場合が多い。
長い間、共に旅をする上で仲間意識というのは死活問題になりやすい。価値観の相違もそうだが、そこに身体的な問題も発生するからだ。
◇
そして、五大部族はそれぞれが一つの動物の特徴を色濃く持っている。
フォルポス族は狼。
ニアリィ族は蛇。
リホウド族は猫。
ササス族は隼。
ビーロス族は鰐。
五感を始め、差異を挙げていけばキリがない。
オレの天を突かんばかりにピンっと伸びた狼の耳は、子供ころからの自慢だし、この黒く尖った鼻は敵を追うのにも待ち伏せを見破るのにも役立ってきた。反対に誰かに助けられることもあったし、ケンカの種になることもあった。それはかつての他部族の仲間たちも同じことが言える。
◆
オレは世界の部族たちのことを思い浮かべて、そしてフォルポスの女に姿を変えたルージュを見て、しばらく何も言えないでいた。色々なことが頭を巡って整理が追い付かない。
そんな中でいち早く混沌の中から抜けてきた思考があった。
仲間の事だ。
かつての仲間たちの事ではない。再び魔王の城を目指すのであれば新たに仲間を募らなければならない。
勿論、実力に不安などは微塵もない。ルージュがいるのだから尚更だ。けれども乗り越える五つの試練の中には仲間がいなければどうにもならないモノがいくつかある。一度は全ての試練を乗り超えたという優位性があったとしても、覆る問題でなかった。
それはさておき、オレはルージュに変身を解くように頼んだ。確かに美しかったが、かえって作り物の様で気味悪さがあったからだ。
その上で、オレは必死に整理した考えを伝えることにした。
ところが勿体ぶって話をしたせいかルージュは肩透かしをくらったような顔をしていた。
オレのした提案とは兜や包帯で顔を隠し、さらにその上からローブを被るという子供でも思い付くような最も原始的な方法だったからだ。
当然、そうするのにだって訳はある。
魔法で顔を変えるのは確かに有効だが、いざという時の為に魔力の消費は極力抑えようと考えるのは道理だ。いくらルージュの魔力が底なしに見えるとは言え、長い月日をかけてしみ込ませた闘いの為の貧乏癖はどうしたって落ちやしない。
それに中には身に纏っている魔法に反応を示す武器や罠や術師だって存在している。この近辺にはそんなものはいないので、防護魔法を覚えたばかりのパーティがそれを過信して痛い目をみるというのはよく聞く話だった。
そう言ったことをルージュに伝える。すると、
「この世界の知識と経験は主の方が遥かにある。そもそも私は既に主のモノだ。思い付いた提案はさせてもらうが、主の決定に従う」
などと素直な返事が返ってきた。オレは何となく嬉しいようなくすぐったいような、そんな気持ちになっていた。主だなんて冗談でも言われたことがないからな。
とは言ったものの、現状の荷物では何もすることが出来ない。日はまだ高いので、日暮れまでには目的の町まで辿り着けそうなのは幸いだった。
仲間を募ったり物資の補給などのことについては、町についてからゆっくり考えることにした。
◆
小高くなった丘を越えると、ようやく町が見えてきた。けれども下りた先の森の中に入るとそれはまたすぐに見えなくなった。その森の中間まで来たとき、オレは一つ違和感を持った。
「妙だな」
「何がだ?」
「ここにくるまでに、行商や他の冒険者と一度もすれ違わなかった」
「ふむ。田舎だからではないのか?」
「そりゃあ人通りは少ないが、全くないというのもおかしい。オレの村はこの街道筋では中程にあって、奥にはまだ村や町があるんだ。そこを目指す商人だって多い」
オレの懸念が結果として当たっていた事は、森を出る少し前に分かることになる。
「待て。何かが来る」
ルージュのその言葉に一瞬遅れて反応した。確かに周囲の獣臭さが濃くなった。この前振りなく突如として匂いと共に湧くように現れる怪物をオレは知っている。だがそれはこんな田舎のはずれに現れる怪物ではないはずだった。
だがそれは木々の影から鋭い牙を見せて襲い掛かってきた。
「『クローグレ』だっ!」
それは大きな熊のような怪物だった。警戒すべきレベルならば、かなり上位に入りベテランでも油断できない。黒い体毛に覆われ、首の辺りだけが微かに白い。血のような赤い瞳には餌と認識されたオレが映っていた。咄嗟に庇った右腕の手甲がベキベキと鈍い音を立てている。
オレであれば瞬殺できると高を括って初期対応を怠ってしまった。渾身の力を込めてもどんどん競り負けて、その巨体でのしかかろうとしている。
そして厄介な事にクローグレは二体一対で狩りをする。正しくもう一匹がルージュの背後から襲い掛からんとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます