第6話 握手する勇者
オレは剣の中に溢れる力を手を通して直に感じていた。そこらを歩いているただの村人が振るうだけでも名のある怪物を簡単に切り伏せることができるであろう。それほどまでの魔力が剣に備わっている。
それと同時に、オレの中にルージュの怨嗟の念が流れ込んできた。
魔王に愛用された記憶、そして捨てられた記憶が。
すでに黒よりもどす黒い怨念が。
その全てが魔力となって復讐の一念に研ぎ澄まされていた。
一介の剣士として、この剣を振るってみたいという衝動は凄まじいものがある。
しかし。
頭の中であの魔王城での戦いを反芻する。あの時点でこの剣を持っていたとしたら、取り巻きの四人は殺せたとしても、魔王と戦える自信を持てない。
《お前を使ったとしても、魔王に勝てる気がしない》
オレは頭の中でそう素直な感想を念じ、ルージュに語りかけた。何となくだが、そうすれば会話ができるような気がしたのだ。案の定ルージュは返事を返してきた。
《承知の上だ。まだ秘策がある》
《秘策?》
剣は再び先ほどと同じような光と影に包まれ、ルージュの姿として顕現した。そしてオレを見定めると、驚くべきことを口にした。
「私は今、お前の強さを預かっている」
「強さを預かっている?」
「ああ。お前を蘇生させたとき、これまでに培ってきた強さや与えられた庇護や加護の類を全て封印している。記憶や技術はそのままにしているがな、今のお前はここを旅立った時とほとんど同じ実力になっているはずだ」
「何の為にそんな事を?」
「理由は二つ。万が一にも私の提案を断るような事があれば質として利用するため。もう一つは、先に言った秘策の為だ」
「聞かせてもらおうか」
ルージュは窪地の底にある岩に腰を掛けた。それに倣ってオレも隣へ座る。
「長い間あの城の奈落の底にいたので世事には疎いが、それでも魔王の城に辿り着くためには五つの試練を乗り越えて、それぞれの証を手に入れなければならない、という事なら知っている」
その言葉を聞いて、かつての旅路がフラッシュバックした。確かに魔王の城をもう一度目指すのならば必然的にまた試練を越える必要が出てくる。
そこでオレもルージュの考えの一端が分かったような気がした。
「その試練を熟す度に証と共に英霊の加護を賜る。それは確固の能力を大幅に引き上げるのだろう?」
「ああ。感動するくらいにな」
「その領域は通常は後戻りができない。だから同じ試練を二度と受けることはないし、同じ証を手に入れることもまずない。だが今のお前は違う。猶予の石を使いかつての出発点にいるのだ、記憶とともにな。再び試練を克服し、その証を以って自分の能力を向上できるとしたら? その上で私が預かっているお前の力を返したとしたら? そしてその状態でこの私を使うとしたら…どうだ?」
もしルージュの言う通りの自分なったらと想像をしてオレはぶるっと武者震いをした。強くなることを望まない剣士などいるはずがない。それが叶えば、確かに一騎打ちでも魔王を殺すほどの実力を得られるかもしれないと思った。
オレはルージュの顔を見た。
笑っている。
その笑顔は好奇的にも嗜虐的にも蠱惑的にも見える。
オレは、またぶるりと来る震えを堪えきれなかった。
「どうだ?」
そう聞いてきたルージュの手を取り、握手をした。その仕草には色々な意味がある。
「これで分かるだろう?」
すると、ルージュはオレの手を強く握り返してきた。
「契約成立だな。我が主よ、仇敵を討つまであなたを守ることを誓おう…そう言えばお主の名は?」
「ザートレ。フォルポスのザートレだ」
仲間を得て自己紹介をすることなど生涯で二度とないと思っていた。
心臓が高鳴り、体中に血が巡って熱くなっていくのが分かる。オレ達は立ち上がると、旅の支度をするために最寄りの町を目指すことにした。
しかし窪地から上がったところで思わず立ち止まったオレに、後ろからルージュが声をかけてきた。
「どうした?」
歩き出したのは良かったが、目的地を明確に決めていなかったのだ。
「あそこに村があるだろ?」
「ん?」
「あれがオレの生まれ故郷だ」
荷車や馬車の轍がそのまま道なったような道の先に村が見える。もう一度見るとは思っていなかった景色だ。最後に見た時と何ら変わっていない様子が何故だか妙に嬉しかった。
…けれども郷愁もそこそこにしなければならない。
草原を抜けて、ようやく歩きやすいところまで出るとオレは故郷に背を向けて次いで最寄りの町を目指しだした。
それに引っかかったであろうルージュが疑問を投げかけてくる。
「お前の村には寄らないのか? 寂れた村のようだが品物だって最低限のものは手に入るだろう」
「わざわざ未練を作るような事をする必要はないだろ。それにオレは魔王の城を目指してこの大陸を出たというのは知れ渡っている。戻ろうにも戻れん」
「どういうことだ? 何故戻れない?」
「どうしてって…さっき自分で言っていただろ。五つの試練を越えて初めて魔王の城に辿り着くんだぞ。そしてのその道程は逆には辿れない。その上で故郷に戻ってみろ、試練に挑まず帰って来た腰抜け扱いされるのがオチだ。そんなことフォルポスの血が許さん…それとお前は剣の姿になっておいた方がいい」
「何故だ?」
何を言っても質問が帰ってくる。どうやらルージュは大まかな知識は備わっているが、この世界の事についてはかなり疎い様だった。
「お前の顔のせいだ」
「顔?」
「魔族そのもの容姿で町に入ったらパニックになる」
「主が使役している事にでもすればよかろう」
「そうやって使役している連中も確かにいるが、こんな田舎じゃ忌避されるに決まっている。それに出来ることならオレも顔を隠したい。自慢するつもりはないがそこそこ名の知れたパーティだったからな。余計なトラブルは避けたいし、何よりオレが生きているということを魔王に知られるのは、戦略的に損をするばかりで利点もない。極力隠匿したまま旅をすべきだ」
「道理だな。しかし、それならばよい方法がある」
「どんな方法だ?」
ルージュは急にオレの手を取った。すると仄暗い光に包まれる。それが無くなると、オレの顔は何だか綿のような何かに覆われている様なくすぐったい感触だけが残っている。すぐに何をしたのかをルージュに確かめようとしたが、できなかった。ルージュの姿がまるで変っていて躊躇ってしまったからだ。
「どうだ?」
そこには未だかつてお目に掛かったことがない程、美しいフォルポス族の女がいた。
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