第3話 出し抜く勇者

「僕は初めて会った時から気に食わなかったよ。だってそうだろう? 僕らと違って、お前の家系は特筆すべきものが何もないただの賤民じゃないか。何故そんな奴に仕切られ、この僕が補佐役に収まらなければならないんだっ…シュローナはそれを心の強さなんて勘違いしているが、そんな大それたものじゃない。お前には僕たちと違って陰惨で陰々たるモノを背負っていないだけさ。平凡な家生まれの凡人風情が、僕が生まれながらに背負い込んでいる血統と家名の重さが分かる訳がない」


 オレは込み上げてきた激情を一片たりとも隠さぬ勢いのまま、一足飛びで切りかかった。剣撃はシュローナの戦斧に辛うじて止められてしまったが、バトンは肝をつぶした様な青ざめた顔をしている。もしシュローナが防ぎきれなかった場合の自分を想像したのだろう。


 今のバトンの言葉がこいつらの総意であるのなら、オレはいよいよ甘い考えも少しだけの希望も切り捨てる覚悟を持った。


 腹を割って話がしたいのなら仕方がない。オレも湧いて出た感情を素直に口から出してやった。


「言いたい事がよく分かんねえぞ? つまりは重責に耐えられず魔王に寝返った弱い僕たちを許してくださいってことでいいのか?」


 その言葉はとうとうオレ達のこれまで築き上げてきたもの全てを断絶するものでもあった。オレもこいつらも躊躇や迷いや情けといった心を跡形もなく消し去った。


 オレに残ったのは純粋な怒りだけ。


 こいつらには一体何が残っているんだろうか。


「お前は何も理解できないまま死ねってことだよ」


 シュローナの戦斧に庇われつつ、バトンは最大級の爆裂魔法を放ってきた。範囲と威力の凄まじさはよく知っている。案の定、大層丈夫に作られているであろう広間の壁に大穴が開いた。


 けれども、その魔法は多数の敵に対する初手の一つとして有効な魔法だ。威力の代償として大振りで魔法が発動するまでのタイムロスも大きい。二度目は通用しない典型の術である。幾度も見てきたオレには通用するはずもなく難なく回避は出来た。


 粉塵が巻き起こる中、オレの思考が渦を巻くように目まぐるしく変化する。一戦士として、そしてこれまでパーティの要として戦いを続けてきた経験を余すところなく反芻させ、定跡と布石と奥の手の三つを即座に用意した。


 ◆


 粉塵で互いの姿が見えなくなったのを利用し、適当な火炎の術を放った。孤立無援は不利には違いないが、こういう時には同士討ちを気にしないで済むのがいい。


 火炎の魔法は別に誰かに当てる必要はない。牽制も意味合いもそうだが、何よりオレがパーティの四人と戦うつもりでいると錯覚させることが目的だ。


 バトンの術を躱した時に確認したが、魔王は扉の前で傍目を決め込んでいた。オレが奴の言う通りにパーティと戦うと油断させれば付け入る隙が出来るかも知れない。


 少々迂回をして場所をずらすと、魔王に不意打ちをかける。が、やはりそんな甘い相手ではなかった。突き出した剣先は奴の魔法障壁によって完全に防がれてしまった。悔しいが一対一で敵いはしないと改めて思い知らされた。


「おいおい、四天王を倒してからじゃないのか?」

「テメエの作ったルールに従ってやる必要はねえだろ」

「そりゃそうかもね。けど、苦労して用意したんだ。こっちとしては戦ってほしいんだよね」


 魔王は魔力を一気に放出した。その衝撃破だけでオレは羽のように吹き飛ばされた。その衝撃の余韻は、ご丁寧に残っていた粉塵を吹き飛ばしてしまう。


 着地だけは体勢を立て直して事なきを得たが、結局は五対一の盤面に戻されてしまった。


「もういい…こうなったら本気で殺す」


 フェトネックの冷たい声が耳に反響した。魔王を狙い撃ちしたことが、そうとう気に障ったのかバトンとシュローナは元より、レコットも目が座り容赦のない殺気を放っている。


 定跡が徒労に終わった以上、もう奥の手しか残されていない。オレは低く、唸るように言い捨てた。


「それはこっちの台詞だ。馬鹿野郎ジャーカズども」


 視線だけで殺せるほどの眼光を浴びせ、喉奥を鳴らした。


 どのパーティにも必ずと言っていいほど回復役ヒーラーがいる。なによりも優先してそこを叩かなければならない。回復役のレベルが高ければなおさらのこと。でなければ即死させる以外の攻撃が意味をなさなくなるからだ。


 だが、よほどレベルや技量が離れていない限り即死させるほどのダメージを与えられることはない。だから尚更のこと、オレはまずレコットを殺さなければならないのだった。


 だが、そんな事は相手も百も承知だ。数で優っていても奴らに油断はない。

 

 パーティの闘い方はいつもと同じ連携だった。


 肉弾戦タイプのシュローナを先頭に他のメンバーがそれを補助する。総合的な能力で言えば、オレはシュローナに劣っている。だから近接戦はできない。しかし、体捌きと速さでシュローナを突破しても、バトンの強力な範囲攻撃魔法とフェトネックの正確無比な弓矢がレコットへの接近を許してくれない。


 オーソドックスな戦法だ。だからこそ付け入る隙がない。


 ◇


 いつもなら、あの中にオレがいるはずだった…。


 こんな形でこいつらの強さを再認識すると涙よりも怒りの方が湧いてくる。


 心は嵐よりも荒れ狂っているのに頭は冷静だった。


 オレは奥の手の準備をした。

 

 ◇


 戦い方、クセ、戦闘思考の全てが互いに筒抜けだった。ともすれば数がものをいうことくらいガキでもわかる。だからオレは、突如として戦法を変えた。苦手な魔法や不格好な投石を織り交ぜて、剣を使わずに距離を置く戦い方をする。


 シュローナは勢いを変えなかったが、後方の三人は違った。オレの様子がおかしいと思ったのか、見るからに攻撃の手数が減っている。これは嬉しい誤算だった。


 次にオレはレコットとの距離を一気に詰めた。焦った三人が急に攻撃を仕掛けてくるが問題ない。すぐに踵を返し、再び遠距離からシュローナを狙う。これを数度繰り返した。


 そろそろバトンかフェトネックがオレの意図に気付くはず。そして後ろの三人の動きの移り変わりがそれが伝わったことを教えてくれた。


 三人の傍観を決め込んでいる魔王との距離を詰め始めた。オレが性懲りもなく魔王に飛び掛かるつもりである算段だと読んだのだろう。


「上手くいった」


 そう口から零したオレは、爆発魔法を使った。バトンのそれに比べれば威力は精々十分の一以下。だが、これは攻撃ではなく先程と同じく煙幕を張るためのものだ。


 煙幕に身を隠したオレは、火炎の魔法を魔王目掛けて放った。が、それは案の定読まれていた。レコットはすかさず魔法で被膜を生み出し火炎を止め、フェトネックとバトンが煙幕の広がった範囲全てを覆い尽くすかのような猛攻を仕掛ける。


 出遅れてオレの策に気が付いたシュローナも魔王を庇うように立ち、煙から飛び出してくるであろうオレの迎撃態勢を整える。


 だが、待てど暮らせど煙幕からオレが現れることはない。


 オレの奥の手は魔王にもう一度不意打ちをするためのものではなく、当初の予定通りここから逃げるためのものだ。


 痺れを切らせたバトンが風の魔法を使う気配だけが離れたオレの元に届いた。煙幕を晴らして分かるのは、オレがまんまと逃げおおせたという事実と、その逃げ道になった大穴を開けたのは自分の魔法だったって事だけだろう。

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