第14話賢の紹介
引っ越しの荷物が片付いて、賢を大家さん含めて隣近所の方々の紹介することをめぐって、さと子とひと悶着があった。そう、賢が抱えている自閉症をみんなに知らせるかどうかということであった。さと子は賢が抱えている自閉症はみんなに知らせる必要はないといっていた。自分の子供が自閉症児だと知られるのが恥だと思っていたのである。私はかかわりのあるみんなに知ってもらって、みんなで賢を支えていってもらって、賢がここでのびのび暮らせるようにするのが一番大事なことだといって聞かせたのであるが、さと子は
「そうまで言うんじゃったらあんたが言えばいい」
と言って、最後まで賢の障害をカミングアウトするまで消極的であった。私は賢のことについて詳しく知ってもらうため、まずは大家さんのところに行って、仕事が終わった後に時間を取っていただいて、私が知っている限りのことを話した。大家さんも初めは
「そうなの?とても障害があるようには思えないけどねぇ」
そう言っていたが、わたしが
「そうなんです。見た目はわかりにくい、脳機能の発達の障害ですからね。自閉症という名前から、心を閉ざした人とか、そういったイメージを持たれやすいんですけど、言葉の発達の遅れとか、強いこだわりがあるとか、そういった障害です」
そういうことをわかりやすく伝えて、当時私が持っていた自閉症を紹介するパンフレットを
「どうか読んでみてください」
と一言添えて手渡しておいた。
翌日、私が仕事を終えて帰ると、大家さんがやってきて
「パンフレット読みましたよ。何か手伝えることがあれば、遠慮なく言ってね」
そう言ったいただいた。このほかにも少しずつ賢の障害については、折を見て近所の方々には伝えて、なるべく賢がこの地でのびのび日々の暮らしを送れるようにと思って行ったことが功を奏したのか、引っ越ししてしばらくすると、隣近所の人も賢を見かけると
「あらぁ。お父さんと散歩?気をつけていってらっしゃい」
など声をかけてくれることが多くなった。賢と同じくらいの子供を連れて遊びに来ることもあった。しかし、引っ越ししてしばらくすると、さと子の機嫌がだんだん悪化していった。あれこれ賢のことを聞き出そうとするので嫌だというのである。別に近所の人たちは賢のことを何か悪いことに使おうとかしているわけでもないので、私は気にする必要もないと思っていたし、賢のことをよく知ろうと思っていただいているからだと思っていたので、そのことを伝えたのであるが、
「絶対そんなことあるわけない。賢のことあれこれ言いふらすに決まってるじゃん」
などと言い始めた。またいまここまできて文句を言うのかよと思いつつ、私は
「あのなぁ。この近所の人たちが賢のことを悪く言って何の得があるよ。馬鹿じゃねえの?」
そういうと、さと子は「フン。あんたは普段仕事に行って賢のことを見てないからそう言えるんよ。あんたのお姉さんはいいよね。全部親に子供の面倒を押し付けて楽してるんやから。あんたの親も親よね。お姉さんの子供はかわいがるくせに、賢のことは全くかわいがりもせんじゃん」
などと言い始めた。「お前なぁ。ここに引っ越すときの約束、もうやぶるつもりか?」
「はぁ?そんなこと言って、そうやって全部私を悪者にするつもり?あんたは全然私の味方してくれんじゃん。本当あんたも意地汚いよね」
「じゃあお前さ、死ねとか出ていけとか、さんざん今までそんなこと言ってきたのはどこの誰だよ!おまけに今まで言いたい放題なこと言ってトラブルばかり引き起こすような奴に、だれが味方なんかするんだよ。全部お前が俺や俺の家族に対してやってきたことが原因なんじゃろうが。人のことああだこうだ言う前に、自分が今までやってきたことを考えてみろや」
そういって私は夕食を済ませると、賢をふろに入れてさと子のことはほっといて寝た私である。
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