すき焼き
こんばんわー。あ、スリッパ、すいません。お邪魔します。……いやあー、まさかKさんのお宅で御呼ばれ出来るとは思いませんでしたよぉ。あ、こちらですか。いやぁーやっぱり新築の匂いがしますよねぇ……いいですなぁ、まったく。正直羨ましいですよ。しかし。あ、え、これ、すき焼きですか。いや、申しわけないですね。え、大好きですよ。これはこれは……いやいやいや、すいません。すいません。ビールまで注いでもらって……どうぞどうぞ……それでは取りあえず一杯……かぁーっ……ごくん……あぁー旨いですなぁ。なんですかなこの旨さはねぇ。はは。すいません……いやぁーどうもねぇ。やめられんですなぁ……しかし。あ、ところで、この前、家の嫁さんが夜分にお邪魔したとか。まあ、何時もお世話になっておりまけれどもねぇ。はは。しかし……本当にいいですなあ……天井も綺麗だし。壁もねぇ。やっぱり、あれでしょう。Kさんも奥さんも煙草吸わない、え、そうでしょうねぇ。いいですなぁ。私のところは嫁さんが吸いますからね。私は止めたのにね。子どもが生まれた時ですよ。ダメだろうと思って。そしたら、嫁さんは止めないんですよ。煙草。授乳中でも吸ってる始末です。まったくねぇ……。あ、すいません。煮えましたね。いやいや取ってもらって。すいません。牛肉ですか。旨そうですねこれは。え、違う。なんですか。鹿とか猪とかですか。違う。はは。なんでも結構ですよ……。旨いですなぁ、これは。食べた事のない味ですけどね。いけますよ。これは……ビールにも合うし……ごくん……ところで、奥さんは。え、いない。お出かけですか。あの、お会いしたかったんですけどね。いつもお綺麗にしておられて……出て行ったって……あぁ……そうですか。お子さんは連れて行かずに……そうなんですね……お子さんは……あ、水菜いれましょうか。出汁はまだ大丈夫でしょう……っと、あれ、Kさんちょっと変わりましたよね。なんか痩せたみたいな……いやいや、気にしないで下さいよ。え、本当に……なんですか。そんなじっと見て……あ、そうそう、Kさんってバツイチでしたよね……おっと。すいません。デリカシーないですよね。いつも言われるんですよねぇ……もぐもぐ……うちの嫁さんも大概ですけどね。まったく、この前で十年ですよ。十年。何がだと思いますか……あ、ビールいいですか……ぷしゅ……どうぞどうぞ……ごくん。あの、あれですよ。風呂のあれ……足ふきマットです。……あんまり交換しないから、こちらも意地になってそのまま放って置いたですけどね……そしたら、十年ですよ。十年。変えないんですから。もう信じられませんよ。十年前に変えたのだって私なんですからね。本当に……今日変えてきましたけどね、そりゃあ裏側は……いやいや、この場で話す事じゃないですよね。すいません……それだけじゃないですよ。おっそろしい武勇伝があるんですよ。まぁ、こんな御呼ばれしといてどうかと思いますけど……ちょっと話の内容が……あれなもんで……え、聞きたいですか。そうですか……いや、家の嫁さんが無精なことはね、お分かりかと……思うんですけどね、その究極と云うか何と云うか……あの、とにかく鉢植えとかは全滅させます。サボテンとかの強い奴でも関係なく。皆殺しですわ。水をやり過ぎるか、やらな過ぎるか、どちらかなんですよね……なんか見事なくらい、的確にやってはいけないパターンを的中させます。例外はありませんよ……エアープランツってやつ、ありますよね……あ、すいません。冷めますよね。食べましょう。食べましょう……もぐもぐ……その、エラープランツも枯らしてました。どうやるんですかね。しかし……ある意味達人ですよ。達人……おっ、ビール行きますか。行きましょう。行きましょう……ぷしゅ……ごくん。……っと、それでね、問題は糠味噌……ですよ。あれですよ。はは。はは。いや、もうお分かりだと思うんですけど……無理でしょう。家の嫁さんには到底。思いますよ。毎回ね……本当に、なんでしょうね。なんか拘ってるんですかね……もぐもぐ……毎年やるんですよね。漬けて……ダメにして。え、前の奴ですか。放ったらかしですよ、もちろん……それでね、この前あんまり溜まってきたからね、え、いや、あれですよ。ダメになった糠味噌の甕があるんですよ。家の裏にずらっと……私が置いてるんですけどね。嫁さんがダメな甕を作る度にね……ま、それを一度掃除しようと思いましてね、一番古そうな奴を開けたんですけどね……それが、なんと……いや、本当にこんな御呼ばれしてすき焼き食べさせてもらってる場で……なんなんですけどね……え、そうですよね。分かりました、分かりました。言いますよ。あの……虫がね……白い奴です。小指ぐらいある芋虫みたいな……見たことないですよ、あんなの。眼と頭と足が黒いやつです。それがうじゃうじゃと……すいません。食事中に。あ、そうですか。割と大丈夫な方ですか。そうですか……そのそれ、虫なんですけどね。もちろん死んでますよ。みんな……でも、なんかいい匂いがするんですよ。その甕の中がね。香ばしいような甘いような……あの虫の匂いでしょうかね……そしたらね、そこに珍しく嫁さんが来たんですよ。いつも放ったらかしのくせにね。それで、なんの匂いかって聞くんで、これだろって……そしたら、、美味しそうとか言い出して……一つ食べちゃったんですよ。吃驚するでしょう。それだけじゃないですよ。それからなんかおかしくなったみたいに、虫を食べだして……甕をひっくり返して中身をほじくり出して、全部食べたんじゃないですかね。大丈夫かって。やばそうじゃないですか。なんかね。でも、まあ、それから風呂入って寝てしまって……朝になって、起きてこなかったんですけど、まあ、何時ものことだし……って、こんな話ですよ。なかなかでしょう……え、なんですか。また、じっと見て……いやいや、気にしないでください。ところで、Kさんところの娘さん、Sちゃんは、どう……あ、そうですか。最近学校休んでますか……そうですか……調子悪いんですかね。身体とか……はあ、昼間寝てるんですか……夜起きてる……食事とかどうしてますか……え、分からないって……まあ、娘さんもう中学……三年生ですか。早いですねぇ……ごくん。なかなか難しいお年頃ですか……そういえば、家の嫁さんも最近、夜起きてるみたいなんですよ。家事も前にもまして全くしなくなったし……いや、Kさん……さっきから、ずっと何ですか……ちょっと……あ、お手洗いお借りしますよ。っと。此方ですか……廊下の電気は……これか……ぱち……わっ。わっ。驚いたっ、Sちゃんか、なんだと思った……ああ、吃驚したよ、全く。……Sちゃん、顔色悪いね、大丈夫。すき焼き一緒に食べたら……あ、あの……Sちゃん……眼、大丈夫なの。真っ赤だよ。……がちゃ……(トイレの音)……がちゃ……ふーっ……わっ。Sちゃんまだいたの。なにか……え、あの、血、鼻血出てるよ……えっ、えっ、眼からも血……何、何、何だよ。止めなさいよっ。……ちょっとKさん、Kさん、Sちゃんがおかしいよ。え、何だ、何だ、Kさんっ。ちょっと待ってっ。なんだよっ、止めろよっ。痛っ。噛むなよっ。……帰るからっ。帰るからっ。……がたがたっ…………ったく、何だよ。本当に。おかしいんじゃないのかよ。Kさんも眼真っ赤だったしよ。何だよ……はぁー。なんか一気に酔い醒めちゃったよ……んん。なんか、あれ、眠い。ふわぁーっ。……うわっ、鼻血だよ。
(おわり)
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