第4話 死亡要因

 アリサはとりあえず、前の世界と同じルートを辿るため、詰所の大きな扉を押し開け、見覚えのある受付員に声をかける。

 そして、これから起こるべく悲劇を止めるために話し始める。



 ウルフが来ること。しかし、男は怪訝そうに形のいい眉を軽く顰め、アリサを軽蔑するように見据えると__、




「なるほど___。ウルフが来ると。しかし、証拠もないのにか?」


「ぅっ、はい、そうですが、来るんですよ、あの街に!」


「ふぅむ…___。ぁ、準剣聖ならば許そう。」


「ぁ、あ、ありがとうございますっ…。」




 再び同じルートを辿り、準剣聖を引き出すことに成功。


 しかし___、ラレムがアリサを殺害したのかもしれない。そう思うと、素直に喜べず言葉が喉からうまく滑り落ちて来ず、突っかかってしまう。


 しかし、アリサがお礼を言うと少しばかり表情を固くしている理由がわからず、もっと調べないといけないなぁと思いつつ、とりあえず喜ぶ。

 このまま連れていけば、多分あの街の終わりは訪れずに済むだろう。

 そのことに安堵し、ほっと胸を撫で下ろす。



 そのまましばらく待っていると、ラレムを引き連れた先ほどの受付員がこちらへ来た。




「準剣聖様、こちらの方があなたをお呼びに。詳しくは、彼女からお聞きください。では、私はこれで。」




 そっけなく受付員の男はラレムに状況を軽く説明し、一礼をしてから踵を返した。

 やはり何かあるだろうな、と瞳を薄く細めながらその背中を見送り、まぶたを一度閉じてラレムの方に方向を向け、再び目を開き、口を開く。




「ええと、準剣聖さん、ですよねっ。あの、ウルフが近くの街に来るので対峙していただきたくて…。」


「はい…。それは僕も存じておりますが。なぜ、ウルフが来るのでしょうか?」


「それは…っ、これが私の身に何か起こるとき、光るんです。」




 やっぱり何か理由を用意しなければならないな、と思いつつ、何か証拠になるものを所持品から探す。



 忘れていたが、アリサはスマホ、財布である。その中からとりあえずどうにかしなければならないと、とりあえずコインを出し、アリサに何かあるときに光る、という嘘を話す。


 人を騙してしまったことに対して、胸が痛んだが緊急事態だ。仕方がない。そう割り切り、なんとか平然とし答える。



 コインなら、おそらく似たような銀貨、金貨はあるだろうが______、銅貨はないだろう。そう考え、10円玉を取り出しこれが光ると答えた。



 ラレムは、不思議そうにそれを見つめ、やがて茜色の瞳を伏せながら「わかりました。とりあえず、案内していただけないでしょうか?」と応じた。

 とりあえず、信じてもらえてよかったと思いつつ、「わかりました」と答え、コインをポケットにしまい、門を開こうと指を滑らし、重い門____、扉を両手で開けて外へ出る。


 +++


「っ、勘違いしておりました。ウルフが来るとは…!」




 ウルフが実際に来て、ラレムは少々驚く。

 まだやっぱりアリサの言葉を信じきれていなかったらしい。


 ウルフが街を破壊し、煙を生みながら広場へとその鋭い爪を生やした足を向かわせている。


 突然の襲撃に、街の人々は逃げまとい、しかしラレム___、準剣聖が来たことを呪いながらも命をこぼさぬように逃げる。


 真剣な声色で、ウルフを真っ向から見つめながら、ラレムは軽くひと睨みする。

 そして、鞘にしまっていた剣を抜き取り_______、美しく、儚げな鈍色どんしょくの刀身を反射させ、つばは金色で太陽の光を反射させている。


 軽く手を緩め、そして強く握りしめて____、彼は獲物をしっかりと見据え、熱く輝いている空に向かって飛び、その剣を一直線に振り下ろしてウルフへと吸い込まれる。


 そして____、




「その命、平和のために奪わせていただきます!」


『グ、アアアァ___!!!』




 ウルフが鼓膜を叩きつけるほどの咆哮を、叫びを、命を乞いて。



 しかし、そんな汚い声を振り払いラレムの剣はまっすぐにウルフを突き刺す________。そして、ウルフはバッタリと地面に倒れ込んでその濁っている瞳を、今まさに命を奪おうと剣を振るった彼を、鋭く睨みつけて_____。静かに、その命を散らせた。


 そんな、ひと周り大きいウルフを殺し終えるが、まだ残党は残っている。

 剣を軽く振り払い、赤い鮮血を落とす。そして、再び構え直してウルフらを見つめて、その剣を振るう。


 バタバタと、砂埃が舞いながらもどんどんと倒れてゆく。一見自分でも簡単に倒せるのではないか、と錯覚するほどに綺麗な剣技。どれほどの技量を積んだのだろうか。


 この剣捌きを眺めるのが二度目のアリサでさえも____、目を奪われる。蝶が踊り、舞い、美しく、命という花を散らすまで在り続ける。



 そんな姿に、逃げまとっていた人々でさえも呆気にとられ、忌むべき準剣聖、ラレムをほうっと見つめる。____その眼差しには、信じ難きものを見つめ、認めたくないとでも語るように。やはり、彼も居るべき存在ではないらしい。

 ここまで魅せられたとしても、憎しみは人々の瞳から強く混ざっている。




「これで、終わりでしょうか。」




 ふぅ、と彼は一息つく。そして、アリサの方向に視線を向けて、




「ウルフを教えてくださり、ありがとうございました。助かりました。僕に、何かできるお礼はありますか?」

「えっ、と____。」




 先ほどと同じような質問をされ、アリサは視線をサッと逸らし、気まずそうに若干下を向く。

 さっきと同じように、家に連れて行ってくださいと言えば、また死ぬかもしれない。それに、もしかしたらラレムがアリサを殺したのかもしれない。

 そんな恐怖に打ち勝ち、強く在れるほどアリサは強くもなく、しかしこのままではのたれ死んでしまう。どうすれば良いか、熟考するがわからず。


 仕方ない、そう考えを締め括り出した答えは、




「あの、私気づいたらここにいて。自分の、タナカ・アリサという名前しかわからないんですっ。なので、お家に住まわせてくれませんかっ___?」

「僕の、家に?よろしいのでしょうか?お礼がそれで____?

 いや、しかし記憶がない___なら____。

 わかりました。ついてきてください。」




 これしか、道はなかった。このまま死にたくない。それに、ラレムを疑えるほどアリサは厳しくはなかった。

 家に住まわせて欲しいというお願いを、お礼を言われ、彼は戸惑いを隠しきれず、アリサには聞き取れない小さな声で何かを考え、のちに許可をしついてくるように応じた。

 そんな彼の後ろをアリサはただ着いて行く。



 これから起こるかもしれない未来に、恐怖を抱いて。

 これから起こらないかもしれない未来に、希望を抱いて。



 おそらく、この世界はパラレルワールドだ。

 なら___、「死なない未来」もあるのではないだろうか。

 怖い。恐怖はある。しかし、




(立ち止まっていても、何も変わらないから_____っ。)




 ただ立ち止まっていても、何も変わらない。それに、ラレムではなく魔法で殺されたかもしれないのだ。まだ、希望はある。いや___、希望を見たいだけだろうか?

 どちらにせよ____、自ら動き出さなければ何も変わらない。


 +++


「ここです。」

「うわぁ、広いですねっ!」

「そうでしょうか?こちらは別邸なので、本邸はもっと広いですよ?」

「へぇ、本邸とかあるんですね。え、もっと広い!?」



 一度見たことはあるが、やっぱり大きい。しかも、本邸もありこの別邸よりももっと広い。そんな彼の言葉を聞き、一瞬は流したがもう一度反応をして驚きを隠せず、声を上げる。

 ただでさえ広いのに、これが別邸だと?

 そんな疑問とともに、もう一つの疑問が浮かび上がる。




(どうして___、ラレムさんは別邸に住んでいるんだろう?)




 本邸に普通なら住むのではないか?

 無論、一時的に住んでおり、客扱いのアリサは別邸に住まなければいけないという可能性があるのだが___、前回の記憶から見て、人気はないものの、それなりに使い込まれている形跡はあった。

 なので、一時的に住んでいるとしても、あまりにも使い込まれていると感じるのだ。


 なら_____。

 彼は、訳があって別邸に住まわせられているのだろうか?

 ならば、街で人々が彼に対する視線が鋭いことにも説明がつく。しかし、これは知ってて当たり前のことなのだろう。聞きたい言葉をぐっと喉から音に出さないようにし、とりあえずこの世界についてたくさん調べようと、色々魔法などを試してみる前にやることができたなと少しだけしょんぼりした。

 しかし、それは今日を生きられたらの話。



 前回、アリサは殺されたのだ。

 今妄想していたことを実現するためには、まず___




(今日を、乗り越えること。)

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