第3話 もう一つの次元

 キッチンのダイニングテーブルで2杯目のコーヒーを飲んでいた。


 目を覚ますための一杯ではない。


 現状を理解するために、いつも以上に脳を働かせる必要があった。


 雫によるとこの世界は万物の神達が住む「世次元」という世界らしい。厳密に言うと世次元は現実世界と繋がった別次元なんだとか。


 そして、この世界には神以外にも住んでいる人達がいる。


 その人達というのは俺が住んでいた世界で悔いを残して亡くなった人達。


 俺が居た次元と世次元の隔たりが弱まったときに見えるものがいわゆる幽霊や妖怪といったものらしい。


 そして彼等は写真から消えてしまう。


 シズクは世次元の案内人。


 1番聞きたかった事を雫に聞いてみた。


「写真から消えていた人達はここに居るのか?」


「ここに居るよ。」


 俺の居た世界で彼らに今も会えてたら俺は「消えたい」なんて思っただろうか。いや、なかっただろう。


 彼等が居なくなった事は、俺が俺らしく生きられなくなると知るくらいに。

 

「世次元に閉じ込められた人はどうなるんだ?」


「人も動物も植物も、最後は亡くなり、無に帰る。万物が無に帰る様に、人の想いも無に帰る。でも、想いが強いまま人が亡くなると想いだけがずっと残ってしまう。そんな人の想いを無に帰す受け皿が世次元なの。世次元で見えてるものは想いがカタチになったもの。」

 

 だから、家の周りは時代軸が混ざった風景になってたのか。


「閉じ込められた人はここで成仏するのを待つってことか?」


「ただし、負の感情が強い場合、悪い神がつく。ほっといても消えない想いには悪い神がついて、有り余ったパワーを発散させようとするの。でも、この世界はご主人の世界にも繋がってるから、そのパワーはご主人の世界で悪影響が出ることになる。交通事故が多い交差点とかあるでしょ。」


「それはつまり、事件や事故を誘発するって事か。」


「そう。呪いや祟りといったもの。悪い神は負の感情を増幅させて発散させる。最初、対象者は快楽にも似た感情を得るけど、次第に罪悪感から快楽は空虚感に変わる。空虚感が対象者を包み込み無に帰すのが悪い神の役割。」


「悪い神を通して無になった人はどうなるんだ。」


「彼等は無になった後、世次元から消え、人には生まれ変わらないし、前世の縁も消えてしまう。彼等を救うには悪い神を彼等から離して、人のままで終わらせるしかない。」

 

「悪い神を倒すにはどうしたらいい。」


 雫は俺が普段仕事で身につけているビジネススーツとビジネスバッグをテーブルに並べた。


「悪い神に対抗するにはこれ。」


 俺は言葉を失った。え?悪い神に営業でもかけるの!?ってツッコミそうだったがそのまま雫の話に耳を傾けた。


「人の強い想いが込められた道具は『神機』と呼ばれる特別な武器になる。」


「つまり、これは俺が仕事道具として今まで共にしてたから神機になったって事か。」


「昔の日本人は道具を大切に使っていた民族。日本の妖怪の中に道具が変化した妖怪が多いのはそのせい。彼等は大事にされたものの、捨てられ、そのパワーが暴走し妖怪になった。」


「なるほど、道具が『メンヘラ』になったってわけか。」


 謎に納得していた。


「この神機、どうやって使うんだ?」


「持てばわかる!」


 雫はビジネスバッグを俺に持たせた。


 手渡されたビジネスバッグを握った瞬間、頭の中に奇妙な声が響いた。


 同時に漆黒の魔法陣が、俺を囲む様に現れる。


『於是伊邪那岐命、拔所御佩之十拳劒、斬其子迦具土神カグツチ之頸。爾著其御刀前之血 天十握剣』


 声が止むと魔法陣は消え、見慣れたビジネスバックが無機物とも有機物ともとれない形相に変わった。


 革の生地はヒビ割れ、革は漆黒の鎧の様になり、ヒビからはゆらめく漆黒の光とゆらゆらと黒い蒸気の様なものが立ち昇っている。


 神機の使い方についてはPCにダウンロードされる様に直接脳に入ってくる。


 どうもこの武器は俺の意志や創造で変化するらしい。


「これでご主人はこの神機が使える様になった。あとはさっきの写真をこのバッグに入れて。悪い神を身体から離した後、この神機で元の場所に戻すの。」


「元に戻すとは?」


「その時が来れば、わかります!」


 雫は腕を組みながら自信満々の顔で答えた。


 やってみろの精神、雫はどこか昭和っぽいオーラを感じる。


 残ったビジネススーツに目を向ける。ビジネススーツも何かしら機能があるのだろう。


 手に取ろうとした時。


「戦の前にご飯!腹が減っては戦は出来ぬ!」


 雫に遮られた。


「そうだな。何も食べてないからご飯にしよう。」


 雫が慣れた手つきで食事を用意してくれた。


 俺は普段、人の作ったご飯には昔から抵抗があったが、雫が作ってくれたご飯は何故か抵抗がなかった。


 味もまるで俺の母親が作った様な味。


 懐かしい味に浸っていると、何やら手元から小さい声が無数に聞こえてくる。


「おい!お主!一粒でも残すんじゃねぇぞ!」


 お茶碗に入った米粒一つ一つが俺に話しかけて来てたのだ。


 ・・・食べづらぁ。


 「彼らも頑張って生きてるんだから、しっかり食べてあげてね。」


 雫が笑って言った。

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