第2話 やってこない日曜日
2度目の11月23日(土曜日)
シャワーを浴び、歯を磨き。すべては普通の朝と変わらない。
いや、普通ではない。突然現れた猫耳の彼女と、同じ日を繰り返しているという事実を除いては。
リビングに移動すると、彼女は手際よくコーヒーを入れてくれていた。ダイニングテーブルに座り、湯気の立つコーヒーを啜る。
これもいつも通り、休日のルーチンだ。いや、まてまて!ケモノっ子女子がコーヒー淹れるだと!?出されたからそのままコーヒー啜ってるけど?!
脳内ツッコミを入れるも態度は冷静だ。だって俺には「耐性」があるからな。
しかし、コーヒーの味もタイミングも完璧だ。いや、しかしこれはどういう「設定」なんだ?!
夢って自分の潜在欲求が具現化するとか言うし!?
どこか慣れ親しんだ味に浸りながら現状を整理する。心の中ではワクワクよりも「見本」を演じるような日常から解放された安堵感が勝っていた。
このままでいいとさえ思う。しかし、これは夢に違いない。もう一度眠りにつけば、いつもの日曜日が戻ってくるだろう。
目の前の彼女は、両肘をテーブルについて、手のひらを頬に当て、まんまるな目でじっとこちらを見つめていた。彼女の後ろで、黒くフワフワした尻尾がリズミカルに揺れている。まるで、褒められるのを待つ猫のようだ。
「コーヒーを入れてくれてありがとう。美味しいよ」
彼女は満面の笑みを浮かべた。
「ご主人、今日はどうしますか?」
「ご主人」という言葉に一瞬戸惑ったが、夢ならば深く突っ込むのはやめておこう。そういう「設定」なんだな、よしよし。
「ご、ご主人は今日は休みたいな」
設定をある程度理解したものの恥ずかしさに堪えるあまり、少しぎこちなく答えてしまった。
「えぇ~、今日は何もしないんですか?」
彼女は不満そうに顔をしかめる。しかめる顔も可愛い。
「とりあえず掃除だけして、あとはゆっくり休もう」
「相変わらずご主人は綺麗好きですね」
彼女はケラケラした表情で答えた。ここは潔癖症の間違いかもしれないが、この性格が原因で彼女が出来ても長続きしない。
本人は掃除をしてるだけだが、相手にせわしく感じさせてしまうのだろうか。しかし、毎朝の掃除は俺のルーチンだ。今日は2度目の土曜日。普段やらない場所も掃除しよう。
彼女が手際よく掃除道具を持ってきてくれた。彼女も手伝ってくれるようだ。
「あの、君の名前を聞いてもいいかな?」
彼女は一瞬慌てた顔をしたが、すぐに答えた。
「雫(シズク)」
「雫も掃除を手伝ってくれるの?」
任せろと言った顔つきで雫は親指を立て答えた。そして、年末さながらの大掃除が始まった。
…夢の中でさえ掃除しているとは、どれだけ潔癖症なんだか。雫は嫌な顔一つせず、黙々と俺の掃除に付き合ってくれている。
普段は開けない吊り戸棚を開けたとき、何かが「ゴトッ」と落ちてきた。床に落ちたそれを手に取ると、昔のアルバムだった。
「これ…懐かしいな。社会人になってからは一度も開けてなかった」
思い出を封印するかのように、ここにしまっていたのだ。社会人になってからは一度も開けたことがない。
「昔のアルバムですか?」
「封印した思い出」
俺は苦笑いしながら雫に冗談半分のトーンで返す。ページをめくると、記憶に残っている写真も有れば、何をきっかけに撮ったのかもわからない写真も有る。一つ一つの写真の記憶は曖昧だが、異変にはすぐに気づいた。
そこに写っているはずの人が、消えているのだ。放置していたアルバムだったが、消えている人は忘れようもない人達だった。
消えたいと願っていた時に、消える事を選ばなかったのは彼らとの思い出があったからだ。消えそうになった時、決まって彼等の顔が浮かんだ。そんな大切な人たちがこの夢の中で消えている。
妙な違和感と胸の騒めきを覚えたが、所詮夢だからと自分を納得させる。雫は俺の欲しい答えを既に知っている様な、そんな表情で動揺を隠せない俺を見ていた。
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さて、玄関前も掃除するか。玄関扉を開けて外に出た瞬間、背後から図太い声が響いた。
「ご主人、今日はお早いお出かけですかーい?」
振り返ると、「実家」が話しかけてきた。予想外の出来事と迫力に声が出ない。喋りだした実家に返事もできず、何か安全確認をするかの様にゆっくりと周囲を見渡した。
見慣れた風景に似ているがどこか違う。鮮やかな蝶や鳥が飛び交い、時代軸の違う建造物が軒並ぶ。現実世界と黄泉の国が混ざったような光景だ。
玄関前の植栽に目をやると、植栽も俺に向かって話掛けてきた。
「ご主人!おはようございまツリー」
なんだよその語尾の「ツリー?」と突っ込みたくなるが、ここでも夢だからと自分を落ち着かせる。
「ご主人!」
植栽に脳内ツッコミを入れていると、雫が家の中から出てきた。
「ここは万物の神が住む世次元」
「世次元!?」
「日本はかつて万物に神が宿ると信じてた。それは本当で、ここはその神たちが住む世界。そして、この世界はご主人のいた世界に繋がった別の次元なの」
いつも通りの日曜日は、もう二度と来ないことをこの時悟った。そして、これが夢ではないことも。
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