鉄と少年 第7話
瞼を開くと、見覚えのある天井だった。そう、乗ってきた貨物船の天井だ。
自分の部屋のベッドに寝かされていたということは、なんとか船にはたどり着けたみたいだ。アイゼンを蹴り飛ばして逃げたところまでは記憶にあったが、そのあとの記憶は全くなかった。
ベッドから半身を起こすと、腹部には包帯が巻かれていた。だが、あれほどの重傷だったにもかかわらず、痛みはなかった。気が付いたエリーゼが治療でもしてくれたのだろうか。
「よお、早めについたと思ったら、かっこいい姿での出迎えじゃねえか」
声のした方向を振り向くと部屋の入口に男が立っていた。
身長は百六十センチ中盤、俺よりも目線が一つ低い。それを補うように、毛先に行くほど色の抜けた髪の毛をツンツンにして、身長をかさ増ししている。
真っ黒なイレギュラーハンターの制服に身を包んだその男は、傷ついた俺をあざ笑うようにニヤニヤとしながら、ベッドの横にあった椅子にドカッと腰を掛けた。
「で、なんでここにいるんだ、犬。……というか、やっぱりお前が追加人員か」
「犬じゃねえ!オレは……、シリウスだ」
この男はシリウス。だいたい二か月くらい前にイレギュラーハンターにスカウトという名の拉致をされた“獣化”の異能者だ。こいつのスカウトから入島手続き、さらには力の使い方なんかまでの指導は俺がおこなった。こいつと俺の関係性は簡単に言えば、新入社員とその指導担当のような関係性なのだ。
師匠からのメールからなんとなく来るのはこいつかなと思ってはいたのだが、正直期待外れ感が否めない。俺の知っているシリウスの実力ではアイゼンには歯が立たないだろう。
それにしてもシリウスは初めての依頼に手間取って、まだ帰ってこられないと聞いていたのだが、なにかあったのだろうか。
「お前、自分の依頼はいいのかよ。泣きながら俺に連絡してきたくらいだったのに」
いつものように軽口を口にしたつもりだったのだが、思いのほか返事はすぐに返ってこず、シリウスは顔を曇らせた。
「……ああ、ちゃんと終わらせてきたから大丈夫だ」
そう言って、それ以上は聞いてくれるなという雰囲気で話を切った。反応から察するにあまりいい結果では終わらなかったのだろう。だから、それ以上聞くことはしなかった。
「四人は無事か?」
「お前が頑張ったおかげで男三人は打撲くらいだ。それよりも治癒の異能の子に感謝しろよ。あの子がその腹治してくれたんだからな。船着いた時には、内臓が出る寸前だったらしいぜ」
「……そうか」
みんな無事でよかった。エリーゼはともかく三人はもろに一撃喰らっていたからな。もしものことがあるかもと思っていたんだ。アイゼンはあんな口調だったが、加減はしてくれていたらしい。
「で、お前がそこまでやられるなんて、相手はどんな異能だったんだ?治癒の異能の子に聞こうにも、どっかの誰かの傷を治して魔力切れで寝ちまったからさ」
「それが……わかんねえんだ」
「はあ!?いつもあんなに偉そうなこと言ってたくせに、ただでやられたのかよ」
「ああ、殴れば鉄みたいに硬いし、急に刀は出てくるしで、もう意味が分かんねぇ。……確実なのは、異能者だってことくらいだ。魔術でそんなことはできないからな」
事実を陳列すると、自分の情けなさにため息が出そうだ。一度戦っているのに、アイゼンの異能に関しては見当すらついてない。まったく情けない限りだ。
「ふーん、聞いただけじゃよくわからんな。まあ、オレだったらそいつの能力なんてわからんくても勝ってたがな」
カッチーン。勝ち誇ったような顔をしてくる目の前のバカが俺の神経を逆なでした。
「ああ!?お前が戦ってたら、今頃真っ二つだったろうよ。だって、俺の方が強いからな。お前の何倍もな!」
「はぁ?アルさーん、ソレいつの話よ。戦ったのなんて、最初の一回だけだろ。今戦ったら、オレの方が強いに決まってるから!」
「じゃあ、もう一回やろうじゃねえか!ボッコボコにしてやるよ!お前の獣程度の頭にも刻まれるくらいボッコボコになぁ!!」
「テメェ、表出ろ!」
バチバチと火花を散らしながら、二人で部屋を出ようとすると
「兄貴っ!目が覚めたんすか?」
逆に部屋に入ってこようとする三色頭とぶつかりそうになった。
そのまま面食らった俺は、流れるようにベッドに寝かしなおされ、シリウスへの怒りもどこかへすっ飛んで行ってしまった。
「もう、兄貴もシリウスの旦那も大人げないですよ。まだ傷も癒えたばっかりなんですから、安静にしててくださいよ。……あっ、そうだ、これ」
プリンと青頭の二人がシリウスを部屋の外へと連れ出し、残った赤頭がなにかを渡してきた。
渡されたのは布が巻きつけられた筒と真ん中に細長い穴が開いた円形のなにか。見覚えがある気がするのだが、なんだっただろうか。
考えながらいろいろ触ってみる。くるくる回したり、いろんな持ち方をしてみたり。そのうち筒の方をぎゅっと握ってみると、なんだが妙におさまりがよかった。なんども握ったことがあるようないい感じのフィット感。その感覚のおかげでようやくこれの正体がわかった。————刀の
「なあ、これ、どうしたんだ?」
「あいつと戦った場所に落ちてたんです。……ほんとは違うものを拾いに行ったんですが、これが壁の近くに落ちてたんで気になって持って帰ってきたんです」
「これ、刀の
壁の近くとなれば俺が持っていたものを拾ったのだろうが、こんな状態になっているなんておかしな話だ。これが魔術で刀身を作るビームサーベルだったら、普通なのかもしれないが。
「……刀身?なんですか、それ?これしか落ちてなかったですよ」
「そうか」
普通に考えて、刀身だけ持っていくメリットなんて皆無だ。持っていくなら全部持っていく方が楽だし、安全だ。もしもの時はそのまま使えるし、そもそも抜き身の刃なんて危なすぎる。なら、刀身しか持っていけない理由があった、または刀身だけを持っていかなければいけなかったということか?……それがアイゼンの異能の正体なのか?
思考を巡らせる。アイゼンと戦った時に感じた違和感。妙に硬い体、いきなり現れた刀、受け止めたはずの斬撃。……いや、本当は受け止められていなかったとしたら?刀身はあの時無くなったのだとすれば、つじつまが合う。
パチン、とパズルのピースがハマった音がした。
アイゼンの手にいきなり刀が現れたのも、鉄を集めさせている理由も異能の正体がそれならば繋がってくる。
「おい、赤!」
「はいっ!?」
「大手柄だ!アイゼンの異能の正体がわかった」
「えっ?……なんのことですか?」
「……シリウスのとこへ行く。作戦会議だ」
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