鉄と少年 第6話
いくら危険な相手とはいえ、いきなり真剣で切りかかることはできない。一度制圧しておとなしくさせてから話し合いに応じさせる。
刀を鞘から抜かず、そのまま打撃武器として振るった。
一瞬のうちに詰まった間合いで刀と拳を何度か打ち合う。人を殴る感覚は苦手だったが、手から伝わってくるのはそれとは程遠い、鈍くて硬い感触だった。例えるなら金属を殴っているようだった。そのくせ、動きは柔軟で素早い。すでになんらかの力を行使しているのだろうが、魔術なのか異能なのか、力の正体すら見当もつかない。
「————アイゼン、もうやめて!」
エリーゼの叫びに、二人は手を止めて距離をとった。
彼女はこの男をアイゼンと呼んだ。さきほどの話が確かなら、エリゼをずっと守ってきたのだから、それが可能なだけの力を持っているということになる。ただでさえ、殺す気で向かってくる相手を制圧するという難易度の高いことをしないといけないというのに、————一筋縄ではいかないのは容易に想像ができた。
「止めるな!エリー、こいつらはお前を連れ去りに来たんだろ!その前にこいつを殺す!俺は、……お前に危害を加える人間をすべてぶっ殺すためにここに来たんだから」
その言葉でようやくこいつが襲ってきた理由がわかった。こいつは勘違いしているんだ。俺や三色頭の三人組をエリーゼを連れ去りに来たと。だから、それをさせないために出てきた。なんと健気なやつだろうか。だが、それがわかってしまえば、その勘違いをただせばいい。それでこの場は収まるはずだ。
「待てっ!俺はその子を連れに来たわけじゃねえよ。俺は保護するために……」
「そんな言葉が、信用できるか!」
「おわっ!?」
怒りに任せて振るわれた拳をすんでのところで躱した。アイゼンの動きは、さきほどまでよりも速く力強かった。
「お前をここで殺して、————俺はエリーを守る」
むき出しの刃のような鋭い殺気が体を震わせた。
目の前の相手のギアが上がったのが嫌でも分かった。雰囲気だけではない、その手にいつの間にか握られた刀からは魔力を感じる。アイゼンは本気で俺を殺す気だ。
静かに鞘から刀を抜いた。鞘は適当に捨てて、刀を中段に構える。
構えたのを合図にしたように、アイゼンはまっすぐに距離を詰めてきた。一瞬で間合いに入ってくると俺を両断すべく右手に握った刀を力任せに振るった。
間合いを詰める速度も、攻撃の鋭さも常人では反応すらできないほどだったが、魔術で強化された身体能力なら十分に受け止められる。
振るわれる刃の軌道を読み、その軌道上に刀を置いた。アイゼンの一撃を受け流して、カウンターの構えだ。万が一、逸らし損なってもいいように、動きに合わせ一歩と少しぶん体は後ろへ。
万全の体勢で受け止めたはずの一撃。だが、攻撃を受け止めた衝撃はなく————
「な、んで……」
気が付いた瞬間には、腹部を横一文字に切り裂かれていた。一歩下がっていたおかげで上下に分かれることはなかったが、それでも軽傷というにはあまりに深い傷だった。
自分がなぜ傷を負うことになったのか、そもそも何が起きたかも理解できない。だが、そんな状態でも攻撃の手は緩むことはなく
「消えろッ!」
「ぐはっ」
追撃で放たれた蹴りをもろに受け、後方へ飛ばされた。
勢いのままに壁に衝突し、その衝撃で肺から空気が押し出され、持っていた刀は地面に転がった。かろうじて意識は保っていたが、起き上がることはできなかった。たった数秒の攻防で趨勢は決まってしまった。
すこしずつ近づいてくる足音が聞こえた。トドメを刺すつもりだろう。抵抗しようにも、体がうまく動かない。治癒の魔術を全力で使えば、数分、いや数十秒で動けるようにはなるかもしれないが、それまで待ってくれるような相手じゃなさそうだ。
まさしく絶体絶命。足音はすでに目の前まで来ている。とどめを刺すのに、あと数秒で十分だろう。諦めが一瞬頭をよぎった瞬間、
「アイゼンッ!もうやめて!」
エリーゼが俺とアイゼンの間に割り込んできた。彼女はアイゼンに俺を殺させないために割り込んできたのだ。それがアイゼンのためなのか、俺のためなのかはわからない。それでも俺を守ってくれているのはたしかだ。
「エリー、退くんだ!こいつはお前を連れ去りに来たんだぞ!お前を守るには殺すしかないんだ!」
「違う、アルは私を連れ去りに来たわけじゃない。ただあの三人と一緒に遊んでくれていただけなの」
「そんなのは信用させて、連れ去りやすくするために決まってる。退け、退くんだ、エリー!」
二人の口論は続いている。アイゼンがエリーゼに気を取られているうちに、治癒の魔術を使い、全力で傷をふさぐ。治癒の異能ほどの効果は期待できないが、それでも傷をふさぐくらいは何とかして見せる。
「いや!アルは殺させない!……彼を殺したら、アイゼンが……」
「いい加減にしろッ!!」
「きゃあ!」
しびれを切らせたアイゼンがエリーゼに平手打ちをした。
衝撃で倒れるエリーゼ。怒りの勢いで叩いてしまったせいか、アイゼンの視線は彼女の方へと吸われた。
俺のことが視界から消えた瞬間、アイゼンを渾身の一撃で蹴り飛ばす。いくら硬い体だろうと、全力の蹴りの衝撃を受け止めることなんてできるはずがない。
蹴られた衝撃でアイゼンが数メートル宙を舞った。その隙に、エリーゼを含め四人を回収。
「テメェ、まだそんな力が!」
地面に着地したアイゼンがこちらを睨んでいた。その時点でもうすでに四人ともを回収しきっており、あとはこの場を離れるだけだった。
「アル!待って……」
「待たない。じゃあな」
それだけ言い残して、全力でその場から離脱した。
「エリー!————エリー!!」
追ってくるアイゼンの声が聞こえようと、傷口が開き血が流れだそうと、足を止めることはしなかった。
朦朧とした意識の中、なんとか船に着いた。だが、その瞬間に俺は意識を失った。
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