鉄と少年 第5話

「そっちに行ったぞ!」

「よしきた!これで終わりだーッ!」

「甘いんだよ!しねっ!」

 赤頭が腕を振りぬくと、バシーンと音を立てて、ボールが地面にたたきつけられた。あの娘と遊んでいたはずが、気が付けばバカ三人組が必死になってボール遊びをしている。……あいつら、ほんとにバカだな。

「ふふふっ、やっぱり面白い」

 ボール遊びを抜け出した少女は、俺の隣に座ってバカ共のバカ騒ぎを見て笑っていた。

「そういえばまだ名前聞いてなかったな。俺はアル。あそこにいる三人は……、名前知らないわ。俺は頭の色でプリン、赤、青って呼んでる」

「私は、エリーゼ。よろしくね、アル」

「ああ、よろしく。一応聞くが、エリーゼは一緒に遊ばなくていいのか?」

「うん、あれに付き合ったら怪我しちゃうし、見てるだけでもすっごく面白いから」

 エリーゼの口から思いのほか、冷静な答えが返ってきて驚いた。まだ幼いのにそこらへんがわかっているなんて、しっかりしている。あんなバカげた遊びに付き合って怪我するなんてしょうもないしな。

 と思ったのだが、少し引っかかった。この子が治癒の異能者なら、怪我しても自分で治せるんだから、多少無茶な遊びに付き合ってもいい気がしたからだ。

「なあ、あそこで遊んでるプリンから聞いたんだけど、エリーゼは怪我を治す力を持ってるんだよな。だったら、怪我しても直せばいいんじゃないのか?」

 その質問にエリーゼは目を瞬かせた。そして、一瞬の逡巡。たぶん話していいのか迷ったのだろう。けれど、それも一瞬のことですぐに返事は返ってきた。

「この力は自分には使えないの。人の怪我は治せるんだけど。……アルは、この力が欲しくて私と遊んでくれてるの?」

 迷った末に答えてくれたが、言葉の中には明らかに警戒の色が見えた。それは仕方がないことだろう。治癒の異能なんて、大きな力を持っているのだから、人一倍警戒心が強くなってもおかしくない。しかもさっき会ったばかりの人が相手なのだから。

 エリーゼはちゃんと質問に答えてくれた。だから、俺も質問に真剣に答えよう。それが警戒心を可能な限り早く緩めることにもつながる。

「違うよ。君の力が欲しくて声をかけたんじゃない。……あいつらには秘密だけど、俺も特殊な力を持ってるんだ。君のとはまた違うんだけどね」

 できるだけ優しい声音で答えた。そして三人がこっちを向いていないということを確認して、エリーゼに魔術の一端、手のひらで一条の雷が迸る様子を見せた。

「……アルも私たちと一緒なのね」

 エリーゼは顔を曇らせた。その表情にどれだけの悲しみが含まれているのか。俺にも正確には理解できない。だけど、それが人並以上のものであることくらいはわかっているつもりだ。だって、同じ顔を何度も見てきたから。

「俺は君みたいな特殊な力を持ってる人を保護する仕事をしてるんだ。人工島ドライっていう安全な島に同じような人たちを集めて、安全に暮らせるようにしてるんだ」

「そう、じゃあアルは私を連れに来たのね。でも、ごめんなさい。————私は行けない」

「……どうして?」

「だって、アイゼンは許してくれないから。それに彼があなたのことを知れば、きっと————」

 それ以上は、口をつぐんでしまって聞くことができなかった。まるでそれ以上は口にしてはいけないとでもいうように。

 エリーゼはアイゼンなる人物の意志を尊重しているようだった。最初に会った時も同じ名前を口にしていたし。

 どんな人物かはわからないが、彼女にとって大事な人には違いない。となれば、そのアイゼンを説得するところから始めるべきだろう。なら、まずはアイゼンのことを聞いておいたほうがよさそうだ。

「その、アイゼンとはどういう関係なんだ?家族かなにかか?」

「違う。……アイゼンは私を守ってくれる人。私を助けてくれて、それからずっと私を守ってくれるの」

「それって、どういう……?」

 俺の質問にエリーゼが答えることはなかった。答えが返ってくるよりも前に、威嚇するみたいな攻撃的な声が響いたからだ。

「なんだ?てめぇ!」

 ボールで遊んでいたはずの三人の前には、背の高い男が立っていた。三人とも決して背が低いわけではないのだが、男はそれよりも頭一つ以上高かった。推定でも百八十以上はあるだろう。服の上からでもわかるくらいに体は鍛えられており、がっしりとしていた。

 茶髪の下の視線は鋭く、見たもの全てに対して威圧感を与えている。加えて、かなり殺気立っており、三人は気づいていないようだが、いま近づくのは危険以外の何物でもない。

「どけ、……俺はエリーに用があるんだ」

「ああっ?なんか言ったか?聞こえねぇよ!」

「おい、バカッ!やめろ!!」

 刹那、鈍い音を立てて男に絡んでいたプリンの体が宙に浮き、そのままくの字で地面に崩れ落ちた。見えなかったが、腹部に鋭い一撃を喰らったのだろう。

 殴られたプリンはピクリとも動かない。

「テメェ!?」

「この野郎!」

 プリンがやられたのを見て、ほかの二人も男に殴りかかった。が、次の瞬間には同じように地面に転がされていた。

(やばい、あいつ強いぞ!)

 動きの速さが尋常じゃなかった。おそらく身体強化の魔術を使っている。だからこそ、三人とも反応もできずに気絶させられたんだ。————あいつが目的の異能者に違いない。

「クソッ!」

 一歩目と同時に身体強化の魔術をかけて、荷物から出した刀を握って男へ向かい走り出した。

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