第6話

 ぎぎぎと音を立てて、扉が開いた。


「Проснись!」


 主宰者側の人間が、何人も入り込んでくる。普段とは違う仰々しい雰囲気に、この雑魚部屋にいる奴らは一人残らず理解した。

 ついに来た。お立ち台に乗っかる時だ。


「Давай, Давай, Давай! 」


 久々に歩くので、足が鉛のように重い。途中でコケそうになり、思いっきり背中を蹴られた。

 ああ、最悪だ、と思った。だが心のどこかで、安心している自分もいた。これで、あの陰気臭い部屋ともおさらばだ。あるいは、この世界にも「さよなら」を言う時かもしれない。


「待たせたな、お前たち。今宵のテーマは『戦力』だ。まぁ、玉石混淆ではあるが、少なくとも肉壁にはなると思うぜ」


 じゃら。首輪の鎖を外されて、俺たちは一列に並ばされた。


「そんじゃ、さっさといくぜ、このヤロー」


 刹那、一番左端の奴から、スポットライトが当てられた。


「ベルギーの凄腕スナイパー。コイツが入れば、次のヤり場も安牌だ」

「継続戦争は知ってるか? コイツはその戦争で生き残った、無名兵士の中の有名兵士だ」


 同じ雑魚部屋で寝泊まりしてた奴らが、次々と売られていく。出自も経緯も値段もバラバラだ。ただ、今日もどこかで殺し合いがあって、そのための道具にされるんだ。


 頭上でライトが光った。俺の番だ。


「次は、『ナチスが遺した残骸』だ」


 ひどい自己紹介だな。もっと言いようがあるだろうと、俺は密かに悪態をついた。

 だが、これが「俺」という存在の全てかもしれない。俺は百戦錬磨の軍人でもなければ、総統のお気に入りの幹部でもなかった。戦争がなければ平々凡々な、ただのドイツ人だ。


 ぽつ、ぽつ、ぽつ。視線の先で、蝋燭の火が灯る。


 売れずに残ったら、どうなるのだろか。臓器売買に回されるのだろうか。

 だが、もういい。どうでもいい。早く、終わってくれ──。


「買おう。言い値でいい」


 ──は。


 一瞬、時が止まったように感じた。


 ……信じられない。

 いや、こんなに早く売れちまったこともそうだが、そうじゃなくて。

 俺の関心は、買い手の方にあった。


「おいおい、太っ腹な客のお出ましだぜ! これは、ふっかけるしかねぇなぁ!」

「構わんぞ。金はいくらでもある」


 まさか。まさか。まさか。

 嘘だ、そんなはずは、だが。


「支配人。『品物』を裏まで運んでくれ」


 間違いない、この声は。

 「奴」が、俺を買ったんだ。

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