第5話

 かん、かん、かん。

 相変わらず、五月蝿い音だ。耳がおかしくなる。


 だが今日は、いつも以上に憂鬱だ。オークションのテーマが、あまりにも野蛮で下劣で最低だから。


「ターコイズブルーの瞳! 俺は優しいからな、たったの五千三百ドルでいいぜ」


 ……これはひどい。人間が部位ごとに売り出されて、買い手が現れた瞬間、その場で即座に解体される。つんざく様な熱い悲鳴が、会場いっぱいにこだました。


「あいよ、ご所望の目ん玉だぜ」


 こんな時代に、悪趣味だ。思わず顔を覆いたくなる。

 俺たちは、戦争で見飽きたんじゃないのか。人の痛みを。悲しみを。


 咄嗟に防衛反応が出て、俺は背を丸くして蹲った。


 殺した奴らの姿が蘇ってくる。断末魔が。息遣いが。最期の言葉が。

 ──ダメだ、気持ちが悪い。呼吸が浅くなってきて、思わず息が詰まった。


 止めろ。思い出したくない。思い出したくないんだ。


 だが、頭は言うことを聞かない。血の匂いが、記憶を呼び起こす。

 また、奴の姿が見えた。異国の空気とともに。


「くそ、はぐれちまったな」


 それは、イタリアの戦線に駆り出された時だった。俺たちはあろうことか、自軍からはぐれてしまった。


 何度両目を擦っても、焼け野原が広がるばかり。味方はおろか、敵すらいない。

 思わず、ため息が漏れる。視界の敵を深追いし過ぎて、気づいた時には拠点からすっかり離れてしまった様だ。


「とりあえず、元来た道を戻るか。まだ、そんなに離れていないはずだ」

「ああ……」


 奴は元気がない。イタリア降伏の噂を聞いてから、ずっとこんな調子だ。

 気の毒だが、仕方ない。米英軍が乗り込んできてから、勝ち星は極端に下がった。呑気に明るく振る舞ってばかりもいられなくなったんだ。


 ふと、奴が顔を上げた。


「おい、あそこ……」


 奴の指差す先には、人影があった。急いで駆け寄ってみると、ポツンと一人、少女が座り込んでいた。


「おい、大丈夫か?」


 話し掛けると、少女は頷いた。親がドイツ系なのか、片言ながらもドイツ語が通じるようだった。


「お母さんは?」


 俺の問いに、少女は首を横に振った。それがあまりにもしっかりとしていて、思わずゾッとした。こんな幼い子どもにも、自分の母親の死を自覚させてしまうのが、戦争なんだと。


「ここは危ない。避難所に……」


 俺は説得しかけて、止めた。足があらぬ方向に折れ曲がっていて、血溜まりが広がっていた。動かないのではなく、動けないのであった。


「ねぇ」


 生気のない瞳が、俺を見た。


「お兄ちゃんたち、強いんでしょ? イタリアから、連合国、追い出してくれるんでしょ?」


 少女は息も絶えだえだった。出血量が多すぎて、今からではどうにもならなかった。


「あのね、これ、お守り。お兄ちゃんにあげる」


 少女はそう言って、俺たちに花をくれた。そこら辺に生えている雑草だが、ひどく血塗られて、まるで赤い品種のように見えた。


「ねぇ、負けないで。勝ってよ」


 少女の言葉は、あまりに素直すぎた。きっと命からがらで、何かを知る余裕もないんだ。


 言うべきか。イタリアは降伏したんだ、と。それとも何も知らないまま、ここで死なせてやるべきか。俺は言葉に詰まって、何も答えられなかった。


 だが、奴は。


「当たり前だ」


 そう言い切った。


 少女はにへらと笑って、それきりになった。長い髪が、最後の最後まで、風に揺れていた。


 生々しい情景が、俺の脳裏を掠めていく。

 片方しかない靴。剥がれた爪。血濡れた包帯。

 悲鳴。悲鳴。悲鳴。


 もう、終わりにしてくれよ。

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