第4話
クソ暑い。ただでさえ重苦しい空気なのに、勘弁してほしい。体を起こす気力もなくて、俺は日がな一日うだうだしていた。
雑魚部屋までは換気が届かない。分かってはいるんだが、これじゃあ売られる前に死んじまう。
しばらくすると、ぎぃと扉が開いた。
「Эй, время еды」
うるせぇ、ドイツ語で喋れよ、などと言っても仕方がない。ここはもう、ドイツ人の国じゃない。
とにかく、パンが投げ込まれたので、飯の時間らしい。暑いが腹は減ったので、俺は周りの奴らにとられない内に、必要最低限の移動で飯を掴んだ。
時を同じくして、今日のオークションが始まった。テーマは「世界の珍味」。
「手始めに、小陈の臭豆腐からいこう。凄腕料理人の『陈』とかいう奴が、汗水垂らして仕上げた一品だ……」
毛の生えた四角い物体。何だあれ、食いもんなのか? 聞けば、あの毛に見えるのはカビらしい。世界は広いな。
そんなことを思いつつ、俺は手元のパンに目をやった。ここのパンは、もそもそしていて食えたもんじゃない。軍にいた時の方が、もっとマトモな飯だっだ……。
「ほらよ」
「Danke」
……思えば、軍の飯はあまり美味くなかった。だが、パンだけは意外とイケた。所々生えている、カビを除けば。なので俺たちは、決まってパンのカビを千切ることから始めた。
「知ってるか? イタリア兵は戦場でも、パスタとピザを食べるらしいぜ」
「んなバカな」
「嘘じゃない、本当なんだって」
奴はいつも明るかった。決まって飯の時間になると、奴の周りは話題で事欠かなかった。なるべく暗い話題を避け、楽しい話をする男だった。
「じゃあ、日本兵は?」
「日本は米に『味噌汁』だ」
「ミソシル? 何だそれ」
「ミソってのを溶かしたスープらしいぜ」
「へぇ」
俺が素直に関心したのが気に入ったのか、奴は鼻高々に言葉を続けた。
「他にも知ってるぜ。フランスの野郎はブイヨンスープを飲んでやがるし、イギリスは……」
隣から舌打ちが聞こえて、奴は言葉を切った。
イギリス。いい響きじゃない。俺たちは、イギリス相手に苦戦を強いられていたから。
「……なぁ、もう止めないか、この話」
俺は気まずくなって言った。奴に悪気があった訳じゃないと、分かっていたけれど。
「でも、俺たちはフランスに勝ったんだ。だから負けない。勝つんだ。絶対に」
奴は手元でパンを千切っていた。気持ちを抑えるように、何度も何度も……。
「はい、そこのお前、落札だ! ありがたく受け取れ、このヤロー」
……は、と我に返った時には、オークションは終盤に差し掛かっていた。手元のパンはいつの間にか、粉々になってしまっていた。
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