第2話

 ──今は朝か? それとも夜か? ここはあまりに暗すぎて、昼夜の概念が消え失せている。

 今日も頭が痛い。肩は軋むし、ふくらはぎも張りっぱなしだ。そもそも、無理やり付けられた首輪が重いし、鎖で壁に繋がれているせいで上手く身動きが取れない。飼い犬の方が、二倍も三倍も自由だろう。考えるだけで、クソみたいな気分になる。


 かん、かん、かん。

 鋭い合図が、鼓膜に響く。また始まった。オークションの時間だ。


 さて、どうしたものかと思ったが、暇を持て余しているので見ることにする。俺がぶち込まれている雑魚部屋はちょうど会場が見える位置で、鉄格子越しではあるものの、賭けの一部始終を観察できた。


「今宵も遥々お越し頂き、全く感謝感激だぜ」


 まずは、主宰の挨拶。頭から真っ黒のベールを被っているので、顔は見えない。だが、ひどく訛った英語を使う野郎だ。


「さぁ、始めようか。皆様方、賭けの時間だ」


 ぱちぱちと拍手が漏れる。品定めの声も聞こえた。俺もいずれ、ああなるんだ。


 そう、俺は「品物」だ。ここに来て割とすぐの頃に、俺は自分の立場を自覚した。

 だが、いつ自分が賭けの対象になるかは知らない。テーマに合致した時に、初めて台に立たされる。


「ルールを説明するが、お前ら、よく聞けよ。俺はFucking Britishが死ぬほど嫌いだ。イギリス式なんかでやるものか。ここでは俺のやり方でやらせてもらう」


 コイツはイギリスが嫌いと言うより、資本主義を担ぐ奴らが嫌いなんだ。お決まりの前口上なので、誰もツッコミはしないが。


「手元に蝋燭があるだろう? その本数が、今回のオークションの品数だ」


 主宰がぐるりと会場を見る。照明は最低限で、部屋全体が陰気臭い。何も見えないだろうに。

 

「長さがバラバラ? それでいい。長いのもあれば、短いのもある。賭けの対象を見て、好きなのを選べ。それがお前らのthinking timeだ」


 部屋の両端から、じゃらじゃらと鎖が擦れる音がする。この雑魚部屋には大勢の人間が詰め込まれていて、そいつらも暇で暇で仕方がなくて、この茶番を覗き見るらしい。


「今日のテーマは、ズバリ、『Lemons』だ。そんじゃ、さっさといくぜ」


 は、Zitronen? 今日はそれが品物なのか?

 つくづく、へんなオークションだ。レモンなど、買ってどうする。


「では、一つ目。テンプル騎士団が初めてヨーロッパに持ち帰ったレモンだ。略して『テンプルレモン』。こいつはレアものだからな、一万ドルとさせてもらおうか」


 主宰が台にレモンを置く。本当に、何の変哲もない、ただのレモンだ。


「ナポレオンの晩餐の付け合わせのレモン。七千八百ドル」

「ソロモン王が悪魔儀式に使ったレモン。こりゃたまげた、一億三千ドルだ!」


 ……最早、何でもアリだな。俺は呆れて、それ以上は真面目に聞くのを止めた。

 だが驚くべきことに、こんな良く分からん物にも値がついて、そして売れていくのだ。蝋燭の火に急かされて、正常な判断ができないのだろうか。


 馬鹿ばかしいので、もう寝てしまおうか。そう思った時だった。


「本日最後の品は、モトジロウ・カジイのレモンだ」


 ──モトジロウ・カジイ。その言葉が耳に届いた時、俺はひどく寒気がした。

 オークション台の上には、普通のレモン。黄色くて丸っこい、どこにでもあるようなレモン。


「さぁ、欲しいヤツはいるか?」


 モトジロウ・カジイ。カジイ、カジイ。

 クソったれ、日本語の羅列が、頭から離れない。


 ああ、聞かなきゃ良かった。

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