第25話 エッタの魅力



「まぁ、こんなものですかね」


 馬車で主人を待っている使用人たちは、その光景にぽかんとしていた。


 彼らは、魔法使い同士の戦いを初めて見たのだ。炎や水、風まで操って行われる戦闘。それは想像を超える不可思議さと迫力があった。


 彼らは、魔法使いを見たことがなかった。その戦い方も初めて目撃したのである。魔法使いの戦いは、彼らの理解の範疇から外れた戦いだった。


 破壊された窓からエッタがパーティー会場に戻れば、貴族たちは使用人たちと似たような表情をしていた。それが少し面白くて、エッタは噴き出してしまう。


「今のは、なんなんだ?」


 アルバートは目を見開いて、エッタを見ていた。王子は魔法使いを知っていたが、彼らの戦いは初めて見たのである。


「魔法です」


 エッタの言葉に、アルバートは「分かっている!」とイライラしながら叫んだ。


「さっきの令嬢は魔法使いで、王太子の命を狙っていました。動けないようにしておいたので、護衛に回収させてください」


 魔法使いを使った暗殺の黒幕は、大方第二王子側の人間であろう。政治のことは、エッタには分からない。だが、単純に考えれば一番怪しい派閥である。


「リーゼアから聞いてはいたが、本当に優秀な魔法使いなんだな……」


 アルバートは、息を飲む。


 エッタのことを過小評価していたが、今回の戦いで見方が変わった。エッタは、アルバートの人生で初めて見たほどに優秀な魔法使いだったのだ。


「エッタ嬢、こっちにおいで」


 リーゼアは、エッタの腕を引っ張る。


 嫌なふうにエッタのお披露目は終わってしまったが、これでリーゼアの妻が強い魔法使いであると知らしめることができた。


 これで、リーゼアを魔法で襲おうと考えるような人間はいなくなるはずである。


「それにしても、さっき魔法使いは……」


 リーゼアは、何かを深く考えていた。


 エッタは、リーゼアに声を潜めて自分の考えを伝える。王族の話は、今はデリケートだと判断したのである。


「犯人は、第二王子派閥の誰かだと思うのですが」


 エッタの意見に、リーゼアは首を振った。黒幕を確信していたエッタは、「えっ」声が出るほど驚いた。


「僕の目では、犯人は君を狙っていたように見えた。けど……」


 エッタは、首をかしげる。


 エッタは、他の魔法使いに恨まれるような事はしていない。


 師匠のロアに恨みでもあったのだろうか、とエッタは考える。


 当代随一という看板は、なんだかんだで恨みを買いやすいのだ。


「ちょっと調べて見るよ」


 リーゼアの言葉は、エッタにはありがたい。


 もし、アルバートの政敵が犯人ならばエッタでは何も出来ない。ここはリーゼアに任せるのが適任だろう。


「しかし、君の戦い方は苛烈だな。魔法使い同士の戦いは初めて見たけど、魔法使いは皆がああいう感じで戦うのかい?」


 エッタは、首を振った。


 ここで魔法使いのイメージを悪いものにしたくない。特にリーゼアには、魔法使いが獣のように思って欲しくはなかった。


「魔法使いは、普段は静かに暮らしています。戦うのは、本当は稀なことなんです」


 そもそも魔法使いは、戦う訓練をしていない人間がほとんどだ。そんな人間のが集まったところで、魔法で戦おうという考えにはならない。


「私の師匠は、戦うことも教えていましたが……」


 ロアは気まぐれで、戦いのについて教えたこともあった。だが、それだって基本的なことばかりだ。


「もしかしたら、あれは護身術だったんでしょいか」


 エッタは女の子だから危ない目に会うかもしれない。そう考えた師匠なり真心だったのだろうか。実際は、護身術よりはるかに強くなってしまったのだが。


「そう言えば、私が戦った魔法使いはどうなるのですか?」


 誰かを人質に取られているような言動が気になる。もしかしたら、家族や兄妹弟子を人質に取られていたのかもしれない。


「王太子を狙った可能性が高いんだから、厳しく尋問されるだろうね。死刑か、一生牢獄かもしれない」


 エッタの胸が、きゅっと痛んだ。


 戦ったとは言え、魔法使いとしては同胞だ。なにか理由があるなら、考慮してもらいたい。


「出来ることなら減刑を……。まるで誰かを人質取られていたようなことを言っていたので」


 エッタの言葉に、リーゼアは曖昧に笑うしかなかった。いかなる理由があっても王族を狙う実行犯にされたのだ。減刑は期待できないだろう。


 しかし、それをエッタに伝えたくなかった。沈黙こそが答えだと分かっていても。


「……ああ、そうだ。忘れていました」


 エッタは、リーゼアの胸ぐらをつかむ。そして、リーゼアの唇にキスをした。いきなりの行動に、リーゼアは驚くしかない。


「結界の張り直しです」


 リーゼアは、自分の唇を指でなぞった。それだけで、腹の底から欲望が沸く。


 リーゼアは、エッタに対して性欲を抱いていなかった。リーゼアのなかで、エッタはもっと神聖なものであったのだ。


 しかし、二度目のキスでリーゼアは明確にエッタを強く抱きしめたいと思った。


「それが、結界を張るための魔法なのか。ならば、是非とも私にもかけて欲しいね」


 アルバートの軽口に、エッタは首を振った。


 リーゼアは、キスをアルバートに見られていたことに慌てた。リーゼアが珍しく慌てふためく表情に、アルバートは笑いが止まらない。


「これは……生涯を共にする相手にしか効果はない魔法なので」


 赤くなるエッタに、リーゼアも思わず赤くなっていた。そんな大切な魔法だとは思っていなかったからだ。


 それと同時に、自分が夫として受け入れられていることに喜びを感じるのであった。


「エッタ嬢、今回は助かった。おかげで、怪我人はいなかったよ」


 アルバートは、エッタのことをリーゼアとの結婚を認めたようだった。エッタの強さではなく、何よりもリーゼアを優先し守ろうとしたところを評価したのである。


「君はリーゼアに相応しい花嫁だ。二人の結婚を旧友として、心から祝おう」


 エッタは光栄であることしめすために、最上級の礼をとった。


「ありがとうございます。身に余る光景です」


 アルバートは、エッタに笑いかける。


「あまり堅苦しくはしないでくれ。君は、私の親友の花嫁なのだから」


 アルバートは、少しばかり考える。


「困ったぞ、リーゼア。私は彼女に褒美と礼を与えたいのに、なにも思いかない」


 アルバートは、リーゼアに降参だと伝えた。アルバートは、魔法使いが一風変わったものを欲しがることを知っていた。


 女性が喜ぶドレスや宝石は、魔法使いのエッタが喜ばないと分かっていた。


「なら、本を」


 エッタは、そのように言った。


「纏足のことを書いた本が欲しいです」


 遠い国の風習の名を聞いたアルバートは「それは何だ?」と訪ねた。


「遠い国の風習です。女性が男性のために体を変形させるというのが、我が国のコルセットと似ていることから興味を持ちました」


 エッタの言葉を聞いたアルバートは、少しだけ悩んだ。


「……もしかして、君はコルセットが嫌いかい?」


 アルバートの質問に、エッタは素直に答えた。


「大嫌いです」


 エッタの言葉に、アルバートはリーゼアの方を見た。きらびやかな世界で生きている女性は、死に物狂いに細い腰を求める。しかし、エッタにとってはコルセットは苦しいだけのものだった。


「リーゼア。君の婚約者は随分とおかしな人間のようだな」


 アルバートの言葉に、リーゼアは頷く。だが、その表情は優しい笑顔だった。


「そこがエッタの魅力なんです」


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