第24話 令嬢の魔法使い

「おまたせ、エッタ」


 しばらくするとリーゼアが戻って来た。アルバート王子との話は有益だったらしく、エッタといる時よりも嬉しそうな顔をしている。


 政治の話には興味がない。エッタが興味を持ったのは、リーゼアの笑顔の理由だ。


「アルバート王子とは、どのようなお話をしていたのですか?」


 エッタの興味に、リーゼアはきょとんとした。


 まるで、こんなことは聞かれないだろうと思っていたかのようだった。


「もしかして、嫉妬とか?」


 リーゼアの言葉に、エッタは思わず嫌な顔をした。誰が男相手に嫉妬するというのだろうか。


「馬鹿なことを言わないでください。純粋な興味ですよ」


 エッタの言葉に、リーゼアは楽しそうに笑っていた。この話題のどこに楽しさがあるのかは、エッタには分からない。


 パーティ会場では、誰もが笑うように躾られているだけなのかもしれない。だとしたら、紳士淑女が始終笑顔である理由も頷ける。


「ちょっとした世間話と君のことを話していたよ。君が優秀な魔法使いで、僕の生活を助けてくれる存在だって」


 政略結婚はありふれているし、互いに愛がない結婚は貴族にはよくある事だ。そのなかで恋愛結婚を偽るは、少しばかり骨が折れるのかもしれない。


「そして、エッタ嬢。君を最愛の人だとも紹介したよ。僕の一生を捧げるのに相応しい女性だと」


 リーゼアの言葉に、エッタは言葉を失った。そして、頬を赤く染める。自分は護衛の魔法使いだと言い聞かせて、リーゼアに対して抱く曖昧な感情を隠した。


「そんなことを言っても、護衛の料金は負けたりしませんよ。今回のドレスは、やり過ぎだと想いましたけど……」


 リーゼアは、エッタの言葉を笑った。


 婚約者にドレスを贈る意味など一つしかない。自分のものであると皆に知らしめたいからだ。


「それは、純粋に君に贈りたかったんだ。僕だけのエッタだとパーティーで見せびらかしたかったんだ」


 リーゼアは、エッタの耳元で「やっぱり、素敵だ」と囁く。エッタに贈ったドレスは、豪華さで彼女の美貌を引き立てていた。


「わ……私たちは契約結婚ですよ。あなたを守るための……」


 エッタは、魔法使いとして求められた。だから、女の部分はいらない。


 だが、リーゼアは首を振る。


「僕にとっては、君に僕のことを知ってもらうための結婚だよ。いつか相思相愛の素晴らしい夫婦になろう」


 リーゼアの言葉が、くすぐったくて仕方がない。こんな風に口説かれるのは、人生で初めてのことだった。


「私は、貴方を守る魔法使いで……」


 エッタは困っていたが、リーゼアは微笑む。


「それで、私の可愛い婚約者でもある」


 エッタが現実を上手く受け入れなくて、強く目を瞑ったときであった。


 きゃあ、と令嬢の悲鳴が聞こえた。周囲の注目が、悲鳴上げた令嬢たちに集まった。エッタも目を開けて、何が起こったのかを見た。


「わ……私は、悪くないですわ」


 悲鳴を上がった方向に、二人の令嬢がいる。悲鳴を上げた令嬢が、片方がワイングラスを持って右往左往していた。


 もう一人の令嬢に、どうやらワインをかけてしまったらしい。ドレスには赤ワインが血のように滴っていた。


 ワインをかけてしまった令嬢は、今にも泣きそうだ。一方で、ワインをかけられた令嬢は落ち着いている。


「私は……私がやらないと」


 ワインをかけられた令嬢は、自ら持っていたグラスを近くにあったテーブルに叩きつけて割った。その行動が怪訝に思われて、誰もが彼女から離れていく。


「私が、やらないと!」


 令嬢は目の色を変えて、走りだす。その様子は、明らかにおかしい。


「魔法です!」


 エッタはリーゼアの前に躍り出て、掌を向けた。エッタの掌から、強風が生まれる。その風圧で、令嬢は吹き飛んだ。


 パーティーの会場の窓を破って、令嬢は外に飛ばされていった。エッタは、それを追いかける。


 外には主人を待つ馬車がいて、窓を割って現れた令嬢に全員が驚いていた。


「どいてください!」


 エッタが言い切る前に、吹き飛ばされた令嬢はエッタの前に現れる。彼女は泣きながら、エッタに向かって来ていた。


「魔法使い……。なんで、こんなところに!?」


 魔法使いらしき人間はいなかったというのに、とエッタは叫んだ。


 エッタは、はっとする。


 魔法使いらしくない魔法使いを作るのは、実のところ簡単であった。エッタのように貴族と魔法使いという二つの人生を歩ませればいいのだ。


 そうすれば、どちらかの顔がどちらかを消す。エッタのように。


 エッタは、にやりと笑った。


 まるで、自分自身の経歴と戦っているようだ。令嬢の魔法使いは、エッタのような人生を送ったに違いない。魔法使いに弟子入し、その経歴を利用する。


「似合わないパーティー会場に、なにか御用ですか?」


 魔法使いの令嬢は、少し震えていた。


 戦い慣れているようには見えない。ということは、今回の攻撃は誰かに頼まれたものかもしれない。


 攻撃を開始したタイミングがおかしかったのは、自分が注目をあびたから焦ってしまったのだろう。


 ワインドレスが汚れたならばパーティーから退場しなければならないし、一度は注目も集めたなら不振な行動も出来ない。


 その事実に令嬢の魔法使いは追い詰められしまって、自暴自棄になったに違いない。


 魔法使いは「私がやらないと」といって、自分を鼓舞していた。


 この様子から、魔法使いの令嬢は真犯人に脅されているのかもしれない。人質でも取られているのか。それとも、秘密を握られているのか。


「リーゼア様は目当てでは、なさそうですが」


 走っていった方向から、狙いは王子のようだ。それにしても、見事に暗殺に向いてない魔法使いを使ったものである。


 ワインをかけられるというという予想外のアクシデントで混乱しているようでは、戦闘に向いているとは言えない。


「私は風の魔法が得意ですが、それだけではないことを教えてあげましょう」


 エッタは掌を広げて、その上で小さな炎を生み出した。その炎はあっという間に燃え上がって、槍の形を作り出す。


 その槍を手に取ったエッタは、令嬢に向かって炎の槍を投げた。普段は炎は使わないが、今は沢山の貴族が集まっている。一人でも殺されたら面倒なことになるだろう。


 炎の槍は令嬢に向かうが、水の魔法で沈下させられてしまった。なかなかの反応速度である。


「戦闘は苦手でも半人前と言うわけではないようですね」


 エッタは、得意の風魔法に切り替える。


 炎や水といった様々な魔法をエッタは習得している。しかし、相手が水の魔法を使っているのならば炎は相性が悪い。


 エッタの周辺で吹き荒れる風は、落ち葉を巻き上げて視界を阻害する。


 魔法使いの令嬢は迷った。


 視界が悪くて、エッタの姿が見えない。闇雲に攻撃するのも手だが、それでは自分の場所を教えることになる。


「そうだ。燃やし尽くせば……」


 魔法使いの令嬢は、炎の魔法を使おうとする。彼女の周囲で燃え盛る炎を見て、エッタは行動を開始した。


 魔法使いの令嬢は、二つの属性を使える一流の魔法使いだったらしい。


 ガラスの破片が、魔法使いの令嬢の手の甲に刺さった。痛みで令嬢の魔法使いの魔法が霧散する。


「この状態での焚き木は危ないですよ」


 魔法使いの令嬢の上から、エッタの声が聞こえてきた。エッタは宙に浮いており、沢山のガラスの破片を従えている。


「急所は外してあげます」


 エッタは、魔法使いの令嬢に向かってガラスの雨を降らせた。


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