第20話 暗殺者
リーゼアがエッタを連れて来たのは、貴族用の個室がある喫茶店だった。リーゼアが来店した途端に二階の個室に案内されたことから、馴染みの店というのは本当のようだ。
「ここはコーヒーが美味しいんだ。お茶も色々と取り揃えているけど、どっちがいい?」
エッタは迷うことなく、コーヒーを注文した。お茶漬けとしてモンブランも店員にお願いする。リーゼアはショートケーキを注文していた。
「女性は苦いと言ってコーヒーを嫌がるものだけど……。君は大丈夫なんだね」
リーゼアは、少しばかり意外そうだった。確かに、女性はコーヒーより紅茶の方を好むだろう。コーヒーは苦すぎる。
「コーヒーは眠気が飛ぶので、深夜までの仕事があるときは便利なんです。それで飲んでいたら……その……ハマってしまって。子供の頃は、大人ぶりたくて飲んでいたのですが……」
エッタの言葉に、リーゼアは吹き出した。
なにかおかしい話だっただろうか、とエッタは首を傾げる。
「悪いことじゃないよ。僕だって、コーヒーは好きさ」
リーゼアは子供時代に大人に近づこうとして、苦いコーヒーに勝負を挑んだ話をした。エッタの行動と心理は幼いリーゼアと同じだったらしい。
コーヒーの話で互いに笑いあっていたとき、個室の扉が叩かれた。ウェルターがコーヒーを持ってやってきたのだ。
スーツを着こなすウェルターの立ち姿。それ見たエッタの表情が変わった。和やかな空気のなかで笑っていたというのに、引き締まった険しい顔をしている。
そして、エッタは何も言わずに立ち上がった。
「そのコーヒーの産地は何処でしょうか?」
エッタの問いかけに、ウェルターの動きが一瞬だけ止まった。エッタの方に視線を向けて、その瞳を見開く。
それで、エッタは自分の勘が正しいことを知った。ウェルターは、確実にエッタのことを知っている。
「エッタ嬢、どうしたんだい?」
突然のエッタの行動に、リーゼアは戸惑っていた。ウェルターの動きも止まっており、両者は静かに睨みあっている。
「動かないでください」
何故と聞く前に、リーゼアはウェルターの手に光るものを見た。それが何かと分かる前に、光るものはウェルターの手から弾かれて床に転がる。
ウェルターは手を出血しており、エッタが静かに魔法を使ったのは明らかであった。
「殺気も隠せないなんて、魔法を暗殺に使うとしても三流ですよ」
床に転がったのは、ナイフであった。
果実の皮を剥くため小さなペティナイフはよく研がれており、人の首を掻っ切るには十分だろうと思われた。
リーゼアは、思わず喉を鳴らした。そして、自分の首に手をあてる。
当然のごとく無傷だが、エッタが動かなければリーゼアは首を切られていたかもしれない。そしたら、出血多量で死んでいたであろう。
「リーゼア様は座っていてください。邪魔ですので」
エッタを守るかのように、彼女の周囲を風が渦巻いていた。そして、武器を失くしたウェルターはあろうことか素手でエッタに勝負を挑もうとする。
若い女性であるエッタならば、力で制圧できると思ったのだろう。あるいは、そうせざるを得なかったか。
エッタは、ウェルターを魔法使いと判断した。そして、ウェルターはエッタのことを知っていた。当代随一の実力に次ぐ、一流の魔法使いとして。
「やっぱり、三流の魔法使いですね」
ウェルターがエッタの身体に触れる前に、彼女の手から強い風が吹き出る。その威力は、風圧でウェルターを吹き飛ばすほどだった。
「ぐっ……」
壁に叩きつけられたウェルターに、エッタは最後の仕上げを施す。風が吹き荒れる方向を、横から縦に移動させたのだ。これによって、ウェルターは風圧によって押しつぶされそうになっていた。
当然のごとく、ウェルターは動けない。悔しそうな顔をして、エッタを睨んでいた。
「クソ!殺傷能力が低い風の魔法でやられるだなんて!!」
ウェルターは、風の魔法でやられた事を悔しがっているらしい。エッタは「ふむ」と頷いて、掌を突き出した。
「風の活用方法は自由自在です。ただし、風だけを使える魔法使いだと思わないでください」
エッタは、掌から炎の生み出す。赤く燃える炎を見たリーゼアやウェルターは目を見張った。
彼らはエッタは風の魔法しか使えないと思っていたが、それは使い勝手の問題だ。
周辺の被害などの事を考えれば、風の魔法が使い勝手が良い。だから、エッタは魔法を日常使いしているに過ぎなかった。その気のなれば、あらゆる属性の魔法をつかえる。
「私は、当代随一の魔法使いであるロアの弟子です。あんまり舐めないでください」
エッタは胸をはった。
ウェルターは唖然としていた。リーゼアはよく分からなかったが、エッタの実力と才能は他の魔法使いを圧倒できるものらしい。
「それは、強さに関係があるのかい?」
あらゆる属性の魔法が使える。
魔法使いではないリーゼアは、それの凄さが分からなかった。
「関係はありますね」
エッタは、悩みながら答える。
普段は魔法を戦闘に使わないので、エッタは答えに給してしまったのだ。
「単純に、使える属性の種類が多いほど戦術が増えます。普通の魔法使いは二三個の属性を使えれば十分に強い方ですから、私と師匠はあらゆる場面に適応できます」
魔法は、武器のようなものだ。剣と弓の両方が使える者は、双方の作戦に参加できる。それだけの話である。
全ての魔法を使えるエッタやロアは、あらゆる場面に適応ができる。それは、リーゼアのような素人が考えているよりも強いのではないだろうか。
「風の魔法は、最小の被害にすむから使っているんです。屋内で炎を使ったら、火事になりますし。相手や周りに大怪我をさせてしまいます」
なるほど、とリーゼアは思った。
エッタは風の魔法使いではなく、風の魔法も使える魔法使いなのである。
そして、優しい。
戦う相手の怪我さえの気遣うほど。
「そう言えば、どうして彼が暗殺者だと分かったの?」
リーゼアが見ていた限りでは、ウェルターは怪しい動きをしていなかった。
「勘とコーヒーの産地を答えられないところですかね。普通の暗殺者ならともかく、魔法使いの立ち振舞ならば何となく分かります。リーゼア様も貴族のなかで相手の階級が何となく分かりますよね」
相手は専業の暗殺者ではなく、魔法使い崩れだった。だから、エッタは暗殺者の正体を見破ったのだ。
「さて、あなたは何が目的なんですか?」
エッタの問いかけに、ウェルターは答えなかった。エッタは、どうするべきかとリーゼアに無言で訪ねた。
エッタも一応は拷問の真似事は出来るのだろうが、やったことはない。それに、したくない気持ちが強かった。
エッタは、あくまで魔法使いだ。
敵を痛めつけた経験などないし、教わっていない。拷問だって、魔法を使えるから出来るだろうという予想に過ぎなかった。
リーゼアは、首を振る。
リーゼア、エッタに拷問などやって欲しくない。それ同時に、する必要もなかった。リーゼアには、暗殺者を差し向けた
「恐らく、僕を狙ったのだろう。今は、少しばかりゴタゴタした時期で……」
リーゼアは、慎重に言葉を選んでいた。
エッタにどこまで話すべきかを迷っていたのだ。
城の内部では、次の王位をめぐって静かな戦いを繰り広げている。側室から生まれた第一王子と正妃から生まれた第二王子のどちらが王に相応しいかを争っているのだ。
第一王子は、母親が貧しい伯爵家の出身のせいで、身内の後ろ盾が弱い。それに、側室から生まれたというだけで王には相応しくないという声もある。
第二王子は正妃から生まれており、身内の後ろ盾も厚い。しかし、母である王妃の浪費がすさまじく国民に人気がない。そのため、母親さえも御せない気弱な王子という印象を持たれている。
リーゼアは、第二王子側に立っている。
王子二人には、それぞれ面識があった。人格的には、第一王子と第二王子も問題はない。
ならば、後ろ盾が十分の方を支援するのは当然だ。王妃の不人気は、御せる程度のものであるとリーゼアは判断したのである。
この王位をめぐる争いは、まだ表に出ていない。男爵家の令嬢程度のエッタには、話せない事ばかりだった。
リーゼアの悩む様子を見たエッタは、話さないで欲しいと願った。
「私は、あくまで魔法使いです。政治的なゴタゴタに巻き込まれるつもりはありません」
それは、エッタの本心である。
公爵であるリーゼアが巻き込まれているゴタゴタなど国政がらみのものだと簡単に予想がついた。一般人の自分が聞くことではない、とエッタは判断したのである。
そして、それよりも自分たちを襲ってきたウェルターの方が気になった。
拘束されたウェルターと同じように魔法の力を使って、人殺しに身を落とす者は一定数いる。
だが、それは魔法使いとしては未熟な証拠だ。
彼らのほとんどが魔法使いになるための修行を抜け出してきた半人前ばかりだからである。
彼らも魔法を使えるが、半人前故に一人前の魔法使いのは敵わない、ウェルターが最後に拳でエッタに立ち向かったのは、魔法で戦っても勝ち目はないと悟ったからだ。
それぐらいに半人前の魔法使いと一人前の魔法使いには強さが違う。
真に実力のある魔法使いならば、国にやとわれて国家の防衛にたずさわったり、後進を育てたり、自身の魔法の研鑽にあたる。
だから、暗殺などしている魔法使いなどは三流と言われるのである。
「お店の人に頼んで、憲兵などを呼んできてもらいましょう。私は、ここで見張りをしているので」
この暗殺者の主が誰なのかは、別の人間が吐かせてくれるであろう。エッタは政治の話を聞きたくない。巻き込まれたくもない。
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