第19話 デート3



 エッタとリーゼアは、公園にやってきた。


 広い公園には様々な人間が散歩に来ており、和やかな雰囲気である。そんな公園の端っこで、エッタは空を飛ぶ際の注意点を真剣な顔で伝えていた。


「下は、あまり見ないようにしてください。私は魔法をかけますが、バランスを取るのは本人ですから。地面を歩くように、少し先を見ていてください。いいですか。普通に歩くようにですよ」


 エッタは繰り返して伝え、リーゼアは真剣な顔で頷いた。エッタと共に空を飛びたいという話に、嘘はないらしい。


「では、行きますよ」


 エッタの身体とリーゼアの身体が、魔法によって浮き上がる。リーゼアが初心者なので、二メートルほどしか浮かんでいないが、それでもリーゼアは目を回しそうになっていた。


「バランスです。バランスですよ」


 エッタは何度も伝えていたが、リーゼアは空中で回転していた。バランスが取れなくなっているのだ。初心者にはありがちなことである。


「やっぱり、こうなりましたか」


 エッタは空中で、リーゼアの両手を掴んだ。


 初めてのエッタからの接触に、リーゼアの顔が赤くなる。一方で、エッタは今までになく冷静だった。


 魔法の手ほどきは、ロアの弟子たちにもほどこしたことがあった。その時に学んだのは、教える側の態度だ。教師がおびえたり焦ったりしたら、それは生徒に伝わってしまう。だから、教師には平常心が必要なのだ。


「あの……エッタ嬢」


 リーゼアはあたふたしているが、エッタは真剣な目で飛ぶ方法を指南する。魔法使いとしての側面が、女としての羞恥心を封印しているのだろう。何より、エッタはリーゼアに安全に空を飛んで欲しかった。


 エッタが魔法をかけているので墜落はありえないが、ぐるんぐるんと回り続けるのは人目をひく。


 ついでに言えば、酔いのために吐くことだってありえる。リーゼアだって、嘔吐しながら空中を回りたくはないだろう。


「ダンスをしている人は比較的ではありますが、バランス感覚が良いんですけど……。ほら、足が地面についている時のバランスを思い出してください。そうやって、踊るように足元を見ないで……」


 エッタの指導にも実を結ばず、リーゼアは空中を回転していた。これは、リーゼアが望んでいた空のデートではない。こんなにも格好が悪いデートは、リーゼアは初めてだった。

 

 エッタを空中でエスコートするのは、夢の一つだったというのに。


「これ以上は酔ってしまうので、おりますよ」


 エッタは華麗に着地し、バランスを崩したままのリーゼアは背中を強か打って着地した。あまりにも格好が悪い。


「最初は誰でも、あれぐらいですよ。私は一番最初はぐるんぐると回転して、酔ったしまったぐらいです」


 リーゼアは、それでもカッコいいところを見せたかったらしい。少しばかり膨れていた。


 いつもならばリーゼアは強引ではあるが、あくまで紳士的に見せていたのというのに。今更になっての子供じみた反応。


 エッタは、それに思わず吹き出してしまった。


「次も一緒に練習しましょう」


 そんな言葉が出そうになるくらいに、エッタはリーゼアとの時間を楽しんでいた。


「やっと笑ってくれたね」


 リーゼアの指摘に、エッタは自分の口をふさいだ。公爵の失敗を笑うなんて不敬にあたるのではないかと考えたのだ。


 貴族令嬢としては失態である。エッタは急いで、表情を取り繕った。


「すみません、リーゼア様」


 エッタは、頭を下げた。


 魔法使いとしては教え子の安全を考えて行動できたが、身分の上の人間の失敗を笑うのは失敗だ。


 自分は令嬢としては下の下だ、とエッタは自分のことを思う。教育をきちんと受けた淑女ならば、こんな失敗はしなかったであろう。


 しかし、リーゼアはエッタに顔を上げて欲しいと告げる。


「エッタ嬢には、もっと笑顔を見せて欲しい。僕は、その笑顔が好きだ」


 リーゼアの素直な言葉が、今はとても恥ずかしく感じる。どうしてなのだとうか、とエッタは首を傾げた。


 リーゼアに向ける感情が複雑になってきたとは、エッタ自身も感じている。


 白薔薇の花束を毎日届けるような突飛な行動は呆れてしまうが、空を飛ぶときに失敗する姿は可愛いと思ってしまう。そして、その感情の根底には何かがあるのだ。


 それがなんであるのかは分かっている。


 だから、それには蓋をすることにした。リーゼアの想いに答えることは、双方の幸せには繋がらない。


 エッタは魔法使いで、リーゼアは公爵。


 リーゼアの言葉や過去は気になったが、エッタに向ける想いは一時的な感情であろう。そのように処理しなければ、エッタもリーゼアも辛くなる。


「そういえば、ダンスをやっている人は成功しやすいと言っていたよね。あれは、どうしてなんだい?」


 リーゼアの疑問に、エッタは答えた。リーゼアの目には、純粋な興味があった。その輝く瞳を満足


「あれは足元を見ないで、視線も動かしません。最初は、それぐらいピシっとした方がバランスがとりやすいのです」


 エッタの言葉を聞いたリーゼアは、エッタの手を取った。それにエッタが驚いていれば、腰に手を回される。


「ダンスが飛ぶ練習になるのかな。ちょっと教えてくれないかい?」


 リーゼアの突然の行動は、あくまで空を飛ぶことを上達したいという思いからのようだ。無論、下心の多分にあるだろうが。


「基本と同じです。視線は前に、顎を引いて、姿勢よく立つ。足元は見ない」


 ダンスは様々なものがあるが、エッタは基本的なものしか踊れない。空を飛ぶ練習には、それだけで十分だったからだ。


 屋敷にいた頃はダンスの練習もしていたが、そこでもエッタは幼いからという理由で基礎的なことしか教えられたことはなかった。


 一方で、貴族として育てられたリーゼアはダンスの名手である。だから、エッタの指導するダンスは退屈なはずだ。しかし、リーゼアは楽しそうな顔をしている。


「リーゼア様は、基本的なことは全て出来ています。だから、空を飛ぶ怖さを克服すれば安定して飛べるようになると思います。恐いから足元ばかり見てしまっていると思うので」


 リーゼアほどダンスを踊れているのならば、恐怖心を克服すれば問題なく飛べるであろう。だから、こんなところでダンスの練習をする必要などない。


「そうかなのかな。さっきは思いっきりバランスを崩してしまったけれども」


 リーゼアは、ダンスと空を飛ぶことが繋がっていると理解できないらしい。難しい顔をしてしまったリーゼアに、「まぁ、練習がものをいいますからね」とエッタは答えた。


「そこら辺は、ダンスと一緒だね。何度もやってコツを掴むのか」


 体を動かすことに関しては、なんでも同じなのかもしれない。同じ動きを繰り返して、コツを掴む。それしか上達の道はない。


「動いたら、小腹がすいたね。僕が贔屓にしている喫茶店があるのだけれども言ってみるかい?」


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