第18話 デート2
リーゼアがやってきたのは、書店であった。街一番の広さの書店は、手に入らないものはないというほどに大量の本を扱っている。知の好事家たち御用達の店であった。
「君は、知らない事を知る事が好きな人だった」
エッタは、リーゼアの言葉に驚いた。
基本的にエッタは勉強好きだが、それは新しいことを知ることを喜びと感じるからだ。
他の女の子が悲鳴をあげるような虫のことだって知りたいし、大の男でも悲鳴をあげるようなおぞましい人間の解体図でさえも読み込む。
「私と出会ったときは、人体に興味深々だったよね。小さな女の子が医療の本を読んだり、解体された人間の絵が描いてある本を喜んで読んでいた時は……正直にいうと怖かった」
リーゼアは、素直に言った。
エッタだって幼い頃に読み込んでいる本を思い出せば、常人には理解できない範囲のものに興味を持っていたものだと思ってしまう。幼少期のエッタは、今よりもずっと無邪気で悪趣味だったのだ。
「今は何について知りたいの?是非とも教えてもらえないかい」
リーゼアの言葉を聞いていたエッタは、自分たちが幼少期に出会っているという言葉は嘘ではないと確信した。
エッタの知りたがりは執着には繋がってはおらず、本人が「もういいや」と思うと忽然と止めてしまうのだ。
そんな中で、エッタがかつて人体に興味を持っていたのは事実である。
あの頃の自分は不気味な子供だったいうのに、どうしてリーゼアと顔を会わせることになったのだろうか。
「……今は、纏足に興味を持っています」
エッタの言葉に、リーゼアは首を傾げた。知らない言葉が出たせいである。
「東方の国で行われているもので、女児のころから足を締め上げて成長しないようにしているそうです。足が小さいほど美しいと言われるとか……」
リーゼアは、エッタの斜め上の興味に言葉を失っていた。まさか、東方の風習に興味を持っているとは思わなかったのであろう。
「我が国のコルセットと同じようなものでしょうか?国によって美の基準は違っても、女性の一部分を締め上げて男性の好む形にするというのは共通性があって面白いなと思ったのです」
エッタは、すらすらと自分の考えを話した。
纏足は、師匠が手に入れた東方の暮らしを書いた本で知った。
とある冒険家が書いた本ではあるが、そこには想像も出来ないような風習を守って生きている人々がいた。
しかし、はるかに離れた国同士だというのに自国と似通っている事もあるのではないかとも感じた。それを一番強く感じたのは、女性の身体を変形させるほどの美意識である。
今のエッタは、それに強く惹かれている。
「すみません、エッタ嬢。この本屋では、エッタ嬢が望んでいるものは手に入らない……。我が家の書庫にもあるかどうか」
気にしないでくれと言いたげに、エッタは首を振った。自分の興味がある本が手に入るとは思っていなかった。
「いえ、自分の興味や関心が人とはズレているのは分かっています。それに師匠のところに親が貿易を営んでいる弟子がいるので、資料については彼に融通してもらえますし」
それでも、滅多に手に入らない範囲の資料だ。遠い国のことが書かれている本自体が珍しい上に、そこに住まう人々の風習に注目している本はもっと珍しい。いっそのこと自分自身が外国に行ければいいのに。
「魔法で、遠くに行くことが出来たらいいのに……」
エッタは、ぼそりと呟いた。
「魔法使いは、飛べるというのに?」
リーゼアの質問に、エッタは少し考えてから話す。魔法使いは一般的に何でも出来ると思われがちだが、出来ないこともある。むしろ、出来ないことの方が多いのではないだろうか。
「魔法で空は飛べますが、長くは無理です。ましてや東方の国に飛んで行くなんて、夢のまた夢ですよ」
風の魔法を得意としているエッタは、他の魔法使いよりは飛ぶのが上手い。けれども、それだって海を越えて別の大陸を目指すのは無理だろう。
途中で力尽きて、海に飲まれてしまう。船に乗るという選択肢もあるが、エッタには師匠の世話という役割があるのだ。外国にはいけない。
「エッタ嬢!」
リーゼアは今までにないほどに、大きな声でエッタを呼んだ。エッタはびっくりしたが、リーゼアは目を輝かせていた。
「僕と一緒に空を飛んでもらえないかい?君と一緒に飛ぶことが、夢だった」
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