第17話 デート1
恐怖のデートの日は、思ったより早くやってきた。
「あなたは、目立つのはだめよ。所詮は、私の引き立て役なんだから」
ファナは、朝から同じことを何度も言った。エッタとしては、リーゼアがファナに惚れてくれたら御の字だった。しかし、それはないだろう。
リーゼアとのデートということで、ファナはお気に入りのドレスを着ていた。それにはフリルがたっぷりついていて、細身の体にボリュームを持たせるためのデザインだ。
ファナとは、相性が悪すぎる。
太い指の着けられた指輪も肉に食い込んでおり、太く見えるのに拍車がかかっている。華奢なネックレスは、首の贅肉に埋もれそうになっていた。
ファナは使用人に嫌われているのだろうか、とエッタは疑ってしまう。いつもファナは「ここぞ」というときのドレス選びに失敗しているような気がする。
ドレスは普通ならば使用人が選ぶものだが、ファナのドレスはいつだって太く見えるものばかりだ。化粧も濃い目で、流行に逆らっている。
顔だけは美貌の父譲りなのだから、ナチュラルにするべきなのにとお洒落に疎いエッタでも思う程だ。
一方で、エッタは地味なワンピースを着ていた。実家に帰ってきた際に来ていた普段着だ。下手に着飾って、相手を喜ばせるのも癪だと思って選んだ服だ。
首飾りと化粧で少しは華やいでいるが、貴族の令嬢とは間違っても思われないであろう。
「エッタ様、もっと着飾らないとだめです。リーゼア様に失礼ですよ」
トーチは、エッタに外出用のドレスを差し出した。こちらを着て欲しいということらしい。
「トーチ……。私は公爵様に嫌われた方が楽なんです」
エッタは、きっぱりと言った。
本当はリーゼアのことを思うと複雑に心が動くが、自分と公爵が釣り合うとは思えない。第一、公爵であるリーゼアと恋愛関係を築いても面倒くさいだけである。
エッタは、魔法使いである自分が好きだ。
大人しく夫に仕えるような公爵家の奥様にはなれそうにもない。
「それでも、あまりに粗末な服は失礼に当たります。ほら、自室に戻って着替えますよ」
エッタ付きのメイドになったトーチはドレスのことを猛勉強したらく、場に適切なドレスを選べるようになっていた。
「ほら、これなんて爽やかで素敵ですよ」
トーチに着せられたのは、青と白のストライプのスカートが可愛らしいドレスである。
裾と袖にはレースが縁どられていて、さりげない高級感を出している。先ほどまでエッタが着ていたワンピースとは、ケタが二つぐらい違う服であった。
「化粧もファナ様に張り合えるように、もう少し濃くしましょう!」
トーチは化粧道具を持って意気込むが、それだけは御免であった。
エッタはナチュラルメイクの方が好きだったし、許されるならすっぴんで過ごしたいぐらいだ。しかし、貴族の令嬢が化粧なしで外出するなど許されない。
「エッタ様、リーゼア様がいらっしゃいましたよ」
別の使用人が、エッタを迎えに来た。
エッタは深く息を吐いてから、リーゼアがいるだろう玄関に向かった。
玄関では父が緊張しながらリーゼアのことを迎えていた。その隣ではファナが目をハートにして、リーゼアを見つめている。
リーゼアは、エッタを見つけると嬉しそうに両腕を広げてエッタを抱きすくめた。
顔見知り程度の人間同士がやるにはあまりに親しすぎる挨拶に、エッタは目を回しそうになった。こんなに近くで師匠以外の他人の体温など感じたことはない。
「やっ、止めてください」
リーゼアは「おっと、ごめんね」と言って、エッタから離れた。あと数秒でも抱かれていたら、エッタはリーゼアのことを風で吹き飛ばしていた事だろう。
「君を愛しく思う気持ちが、ついつい暴走してしまったんだ」
それが言い訳になるのならば、国から性犯罪はなくなる。第一に、どんな理由があろうとも未婚の男女が抱き合っているだなんて破廉恥すぎる。家族でもないというのに。
「今日のデートでは、君に僕がどんな人間かを知って欲しいんだ」
今しがた破廉恥な行動をした男の癖に、さわやかな笑顔を浮かべてリーゼアは言う。その笑顔に、エッタの頬は熱くなる。
おかしい。
こんなふうに自分は他人を意識したことなどないというのに、リーゼアを目にすると普段の自分ではいられなくなる。
他人に操られる魔法をかけられる時は、このような感覚を味わうのだろうか。そんなことをエッタは考えて、平静を保った。
「リーゼア様、私もデートに連れて行ってください」
ファナの言葉に、リーゼアの笑みが固まった。
エッタとのデートを邪魔されるのが嫌なのか。それとも、今日のファナの格好にさすがに引いているのか。両方かもしれない。
「それでは、ローリア男爵。エッタ嬢をしばしお借りします!」
リーゼアはエッタの手を取って、馬車に向かって走り出す。
女性のエスコート中に、まさか走り出すとは思わなかった。エッタは転びそうになったが、リーゼアは気にしたりはしない。
その場にいた全員が呆然としており、リーゼアを止められるものなどいなかった。
「さぁ、エッタ嬢!今のうちに」
普通ならば淑女のエスコートはゆったりとするものなのに、今は急いで馬車に乗り込めとリーゼアは急かす。
紳士的とは言えない子供のようなリーゼアの姿に、エッタは引っかかるものを覚えた。
「最初は、どこに行きたい?美しい花が咲き乱れる公園?それとも甘いものを食べに行くかい?ショッピングでもいいよ」
リーゼアは沢山のデート先の候補を口に出すが、エッタは考え込むだけで答えることはない。しかも、デート先を考えるにしては真剣な顔をしている。
「エッタ嬢、どうかしたの?」
リーゼアの言葉に、エッタは我にかえった。リーゼアに感じた違和感の感正体を今まで必死に探っていたのだ。
「いえ……。少し引っかかるものを感じて」
エッタの言葉に、リーゼアは大輪の花が咲いたような笑顔を見せる。
「もしかして、僕のことを思い出してくれたのかな。そうだ。君が好きな場所を僕も思い出した」
リーゼアは御者に一言いって、馬車を走らせた。
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