第16話 送り続けられる薔薇



「あの……旦那様。また届きました」


 使用人は、戸惑うように話を切り出した。その両手には、大量の薔薇の花束が抱きかかえられている。あまりに沢山の花を使った花束に、メイドの顔は隠れてしまっている。


 父は「またか……」とため息をついた。


 宛先人はエッタで、送ってきたのはリーゼアである。リーゼアとの対面を果たしてから、毎日のごとく彼は白薔薇を送ってくる。


 公爵から届く花束を捨てるわけにもいかず、ローリア家は館のありったけの花瓶を使うことになった。


 それでも足りないので、使用人たちは少しでも薔薇の鮮度が落ちれば薔薇を捨てることになった。押し花や香水はすでに大量に作られていたし、もはや完全に花を持て余していたのだ。


 もう止めてくれ、と父は叫びたかった。しかし、公爵相手には下手なことは言えない。


 ファナはお礼のお手紙を書くのだと息巻いていたが、差出人がエッタになっているのに姉が手紙を書くのはおかしい。


 エッタの手紙のついでに送れば問題はないだろうが、それに対してはイテナスもファナも気に入らないらしい。


 ロアが姿を見せてから、ファナたちはエッタに手を上げることはなくなった。エッタに対しての暴力は許さないとばかりに、ロアが牽制して帰っていったからだ。当代随一の魔法使いの恨みなど誰も買いたくはない。


「……この状況は生活を支障をきたしかねません。やはり、お手紙で「花はいりません」をお伝えしましょう」


 花については、エッタは辟易していた。ファナは花が来るたびに、素敵と目を輝かせていたが。


「そうだな……。このままでは、我が家は花瓶代で破産しかねない。エッタはリーゼア公爵様に手紙を書きなさい。丁寧に、オブラートに包むんだぞ」


 エッタの礼儀正しさは、基本的にロアとの生活のなかで培ったものだ。貴族のものとは違って、遠回しにものを伝えるということは考えていない。


 自分に遠回しに花を断るなんてできるだろうか、エッタは思った。


「お父様、エッタばかりズルいわ。私もお手紙を出しても良いでしょう」


 ファナのおねだりに、イテナスの目が光る。娘を売り込む絶好の機会だと思ったのであろう。


 手紙を出してはならないと言ったら、妻と娘はきっと怒り狂うであろう。父は、大きなため息をついた。


「分かった。ファナもエッタと共に手紙を書きなさい。公爵様に出すものだから、私も一応目を通すぞ」


 娘たちは、互いに頷いた。




 そうして出来上がった手紙に、父は頭を抱えた。


 エッタは簡潔に「花をありがとうございます。しかし、花をもらうような身分ではないので、以降は遠慮します」と簡略的に書かれていた。


 本人は書きたいことは分かるのだが、女性らしい文章とはいえない。


 一方で、ファナは「リーゼア様からのお花を嬉しく受け取っています。我が家の花瓶が埋まるほどの花束を頂いたのは生まれて初めてです。とても、嬉しいです。ですが、我が家には勿体ない花束ばかりです。押し花や香水も沢山作りましたが、いただくものを捨ててしまうのは心苦しいです。今後は御花をご遠慮させていただいてもよろしいでしょうか。お花の気持ちは大変うれしいのです。私の胸は、リーゼア様の白薔薇でいつでも満たされております」という手紙を書いた。


 ファナの文章は、添削が必要ないほどの乙女の手紙だった。


 やはり、ファナは一人前の令嬢として教育を受けているだけはある。エッタとは、教養が違うのだ。


 父は、このままエッタの手紙を出してしまえば、リーゼアはエッタの興味を失くすのではないかと考えた。エッタの教養のなさを見せつければ、リーゼアがファナに惹かれてくれるかもしれないという邪推があったのである。


 父は使用人を使って、手紙をリーゼアに送り届けた。



「エッタ嬢、花の送り過ぎで迷惑をかけてしまって申し訳ない。今回は、美味しいと評判のお菓子を持ってきたんだ」


 リーゼアは、屋敷に直接やってくるようになってしまった。手土産は、巷で大評判の菓子である。


 エッタは、ご機嫌なリーゼアにため息をついた。その反対に、ファナの瞳は恋をしているために煌めいていた。


「リーゼア様。私とリーゼア様では身分も生き方も違います。リーゼア様には、リーゼア様に相応しい方がいらっしゃいますよ」


 エッタは、リーゼアの訪問を出来るだけやんわりと断る。それに『他に相応しい人がいる』というのは、本心であった。


 エッタは、公爵家の花嫁に相応しくない。それ相応の教育を受けていないからだ。エッタは、魔法使いとしての生き方しかできない人間であった。


 だが、リーゼアは気にしていなかった。どんな言葉で断られても、エッタを振り向かせるつもりでいるらしい。


 ここまで女性に断られているというのに、リーゼアの心臓は強い。そこだけは、エッタは素直に評価した。


「我が家のファナ姉さまなどいかがでしょうか?しっかり教育を受けた淑女です」


 エッタは、姉との結婚を勧めた。姉の容姿は美しいとは言えなかったが、人の好みはそれぞれだ。


 エッタを口説くほどに趣味が悪いのならば、ファナにも女性としての魅力を感じているかもしれない。それに、エッタとファナは顔の部品に関してはよく似ていた。


「つれないな。僕はずっと前から、君が好きだったというのに」


 リーゼアの言葉に、エッタは目を見開いた。


 リーゼアと顔を会わせたのは、つい最近のことである。エッタは社交界デビューをしてないので、パーティーで見染めたわけではないだろう。


「覚えてないのかい?そうだろうね。あのときの僕は、怖がりの少年だった。君は凛としていて、その眼差しに僕は恋をしてしまったんだ」


 リーゼアは、目を輝かす。子供時代のことが懐かしみ、子供時代のエッタの素晴らしさを語った。


 だが、エッタは混乱していた 


 子供時代にリーゼアはエッタに会ったと言っているが、エッタには覚えがないのだ。しかし、これでエッタを探すのにロアを訪ねた理由だけは分かった。


 リーゼアは、幼少期のエッタの居場所を知っていた。エッタを探すために最初にロアを訪ねたのは、リーゼアにとっては当たり前のことだったのだ。


「君の師匠は、僕のことを忘れていなかったよ」


 ロアが覚えていたという事は、それなりにリーゼアは特徴がある子供だったのだろう。公爵の子供だからなのだろうか。しかし、幼少期のリーゼアがロアを尋ねる理由が分からない。


「私は、あなたを思い出せません。だから、私のような者ではなくて、他の人に……」


 エッタの言葉に、リーゼアは首を振った。


「君の師匠と君が、僕を救ってくれたことに間違いはないよ。そうだ。今度は、お礼のデートに行こう。僕のことを知らないで婚約というのも怖いよね」


 エッタは何も言っていないのに、話だけがどんどんと進んでいく。


「リーゼア様、是非とも私もお供させてください」


 ファナが目を輝かせて、リーゼアにおねだりする。


「残念だけど、今度のデートは僕とエッタのための時間だよ」


 ファナは遠回りに、ファナには来るなと言った。しかし、こんなことでファナは諦めないだろうなとエッタは考えていた。


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