第15話 ファナの癇癪
「信じられない!どうして、エッタなの!!私じゃないの!!」
リーゼアが去った後、ファナは癇癪を起こしていた。ぎゃあぎゃあと喚き散らし、床に転がって手足をバタバタとさせる。
まるで、子供の駄々だ。
けれども、エッタはファナの気持ちが分かった。ファナの方が、淑女としての教育をしっかりと受けているのだ。
魔法使いとしては一人前だが、淑女としては半人前以下のエッタではリーゼアに釣り合わない。
もっとも、ファナも身分的にはリーゼアと釣り合う人間ではなかった。男爵家令嬢のファナでは、公爵と結ばれるのは身分が違いすぎた。
「エッタ!どうして、あなたが選ばれたの!!」
イテナスも癇癪の真っ最中だった。もっとも、彼女は床に転がって駄々なんてしない。親の仇のようにエッタを睨みつけてはいた。
「魔法を使ったのね!そうやって、リーゼア様を操っていたのね!」
イテナスは疑うが、魔法で人の心を操るのは難しい。
生まれつき人間は、体内に魔石といものを持っている。この石のおかげで、人間は修行を行えば魔法使いになれるのだ。
そして、精神操作系の魔法の抵抗にも魔石は使われる。だからこそ、精神操作系の魔法は難しいのだ。
そして、リーゼアは正気であった。
「……リーゼア様は正気でした。残念ながら」
男爵家のエッタと公爵家のリーゼアは、本来ならば釣り合うはずもない。
しかし、リーゼアは両親を速くに亡くして、本人は公爵家の当主である。身分が云々と言ってくれる家族はいなかったし、傍系親戚の言葉など跳ね除けてしまうほどの力がリーゼアにはあった。
「おだまりなさい!エッタは部屋に行って、反省していなさい!!」
何を反省するのだろうか、とエッタは思った。
イテナス本人も自分が何を言っているかは分かっていないであろう。それぐらいに混乱していたのだ。
「なんで、あんたばっかり!」
いつの間にか立ち上がっていたファナは、勢いよくエッタを叩いた。全力で叩いたらしく、その衝撃にエッタは思わず倒れてしまった。いや、倒れそうになった。
「はい、そこまで」
エッタが倒れる前に、男が彼女を支えていた。今まではいなかったはずの男だ。ファナたちは、突如現れた男に驚くしかなかった。
「師匠……。どうし、ここに?」
ロアである。
鬼才の魔法使いの突然の登場に、その場にいる全員が黙り込んだ。
魔法使いたちの情報に疎い者でも、最も強い魔法使いの噂ぐらいは知っている。エッタのロアに預けた父が、一番ロアの気性は知っていた。
ロアは、幼くして弟子になったエッタのことを自分の娘のように気に入っている。そんな彼の前で、エッタを叩いたのだ。ただではすまないだろう。
「家族の問題かなと思って口を出さないでいたけど、さすがにアウトだね。もちろん、今までの事もアウト。大事な弟子の一人が、袋叩きにあっているんだもん」
よっこいせ、とロアはエッタを抱き上げる。
予想外のロアの言葉に、エッタは息を飲んだ。こんなふうに扱われるのは初めてだ。
「し……師匠。重くはないですか?」
ロアは、かなり細身だ。エッタも細くあったが、それでもロアが人を一人で持ち上げられるかどうかには疑問が残る。
「あ……。風の魔法ですか」
エッタの体は、微妙に浮いていた。これならロアに負担はないだろう。格好は悪いが。
「ご心配なく。エッタは、ちゃんと彼女の部屋に運ぶから。長居はする気はないから、紅茶とかはおかまいなく」
そう言って、ロアはエッタを家族から引き離す。師匠に抱かれながら、エッタはいつからロアは自分のことを観察していたのだろうかと思った。
「まぁ、最初からでしょうね」
エッタの呟きに、ロアは「正解」と答えた。
やっぱりか、と思ったエッタは思った。同時に助けるならば、もっと早くがよかったのにとも思った。師匠なりにエッタと家族の関係を伺っていたのだろうが、助けるタイミングが遅すぎる。
「最初は家族の問題だしと思って、手出しはしなかったんだけど、めでたい話なのに叩かれたとなればね。さすがに助けたくもなるよ」
師匠としては、リーゼアとの縁談は家族に祝福されるものだと思ったらしい。そこら辺はロアが魔法使いで、男だったことの弊害だろう。
女にとって、結婚がどのような意味をもつのかを分かっていない。
結婚とは、女にとって自分の人生で宿命つけられたものだ。そして、自分の人生を好転させられる唯一の手法でもある。血眼になるのは、当然のことだった。
そして、それは家族も同じ事であった。
父親たちは出来るだけ高位の貴族青年との縁談は欲しいが、それはあくまでもファナの縁談だ。エッタのことなど考えていないし、今回のことでファナが嫉妬するのも当然だった。
「相変わらず、師匠は魔法意外はポンコツですね」
ロアはエッタの言葉を聞いて、自分のどこが鈍いのかと考え始めてしまった。
エッタは、師匠に八つ当たりしてしまったことを恥じた。師匠に悪いところはない。
悪いのは、師匠の手を煩わせてしまった自分なのだ。一人前の魔法使いになったというのに、自分で家族の問題解決を図れなかった事が今さらになって悔しい。
「申し訳ありません……」
顔を背けるエッタに、ロアは笑いかけた。優しい笑顔である。
「こら、自分を虐めないの。僕はエッタのことを怒ってないから。むしろ、すごいと思ったぐらいだよ。君は、問題解決に魔法を使わなかった。この家の誰よりも強いのに、誰かを傷つけようとは思わなかった」
ロアは、魔法でエッタの私室のドアを開けた。
「僕には、その忍耐力と優しさはないよ。歯向かう人間は、いつでもミンチにしちゃうもん」
ロアは冗談のように言うが、エッタは笑えない。陽気なロアだが、一線を越えてしまえば子供のような無邪気な残酷さを見せるのだ。
エッタは一回だけ、その残酷さを見たことがある。弟子の一人が、戦争に無理やり駆り出された時であった。
助けを手紙で求めてきた弟子のところに、ロアは駆けつけた。そして、弟子の家族を人質にとって戦争に協力させていた司令官を残酷に殺したのである。
当時のエッタは、師匠の姿に震えた。それと同時に、人を傷つけるために魔法は使いたくないと思うようになったのだ。
「リーゼア様は、最初に師匠のところにいらっしゃったのですか?」
エッタの質問に、ロアは簡単に頷いた。
「あの男は、随分と昔からエッタのことが好きだったんだ。僕の弟子だということは分かったらしいけど……。君は、もう一人前だ。それに、あの男と君は貴族でもある。貴族同士の話は、そっちでまとめてくれと思って君の実家の話をしたんだよ」
リーゼアは、ロアを通して父にエッタに会わせてほしいと言ったのだろう。かくして、エッタは実家に帰れと命令されたのである。
「君の家がまともではないと聞いていたけれど……思った以上だった。エッタは僕の弟子になって正解だ。こんなところにいたら、心がひん曲がる」
正直なロアの言葉に、エッタはくすくすと笑った。それを見たロアは、エッタをぎゅっと抱きしめる。
エッタは、それでやっと師匠に心配をかけていたのだと理解した。それと同時に引っかかるものを覚える。
「……師匠は嫁入り道具を色々と用意していましたが、リーゼア様の求婚を最初から知っていたのですよね?」
エッタの言葉に、ロアは元気よく答えた。自分の行いを誇る子供のようであった。
「勿論だよ。だから、公爵家に行っても良いようなドレスを用意したんだよ!」
少しは報連相を学べ、とエッタは怒りそうになった。
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