第12話 おめかし2
エッタの言葉に、トーチは暗い顔をした。その表情は、エッタには予想外のものだ。
「も……もしかして、お屋敷の財政難という噂は本当なんですか?」
トーチの言葉は、聞き捨てならないものだった。エッタは、実家のことをよく知らない。それでも、噂ぐらいは聞こえてくる。
噂とは、エッタの実家であるローリア家の財政が火の車らしいというものだ。
ロアのところに出入りしていた商人から聞いた話で、商人はローリア家の元使用人から聞いたのだと言っていた。元使用人はローリア家の財政悪化のために解雇され、今は別の屋敷で働いている者だという。
それなりに信憑性はあるとは思っていたが、今までは所詮は噂だと一蹴していた。しかし、使用人のトーチが言っているならば現実味が増す。
「……その話を聞かせてもらえますか?」
エッタの質問に、トーチは震えながら頷いた。
トーチは、まるで取って食われるかのような怯えた目をしていた。ロアに立ち向かう気概はあるのに、職場の財政難は怖いらしい。
「私たちのお給料が……少し下がったんです。ベテランの人たちは、それで辞める人も多くて……。だから、新米の私がお嬢様の御世話することになったのです」
なるほど、とエッタは頷く。
ベテランの使用人は、それだけ技術を持っている。それらを売りにして、ローリア家よりも金払いのいい屋敷に再就職したのだろう。
使用人の給料を下げたという事実があるならば、噂は一気に現実味を増した。
父は、エッタのドレスを取り上げようとした。それは、ファナの新しいドレスやアクセサリーを買えないというのも理由の一つなのかもしれない。
「てっきり嫌がらせだと思っていましたが……。そんな事情もあったのですね」
実家が傾いているとは、エッタは思ってもいなかった。エッタが家を出たのは財政という言葉も知らない子供の頃の話だし、その頃は毎月のようにファナは新しいドレスを仕立ててもらっていた。
あの頃の豊かさが頭にあるので、実家の財政悪化は噂であるとエッタは思いこんでしまっていたのだ。悪い込みは悪いクセだ、とエッタは額をもみほぐした。
エッタは、どうも了見が狭い。師匠のように方破れになりたいとは思わないが、柔軟な考えは必要だろう。
「家が傾いたのは、義母様とお姉様の浪費。それと、お父様の懐中時計のコレクションでしょうか?」
この家の人間は、それぞれ高い品をコレクションする浪費家ばかりだ。
イテナスとファナは、ドレスとアクセサリー。
父は、懐中時計。
彼らの欲望は、昔からのものだ。それら癖が未だに矯正されていなければ、家の財政が傾いたとしてもおかしくはないかもしれない。
「あーら、随分と安っぽいドレスね」
ノックもなしに入ってきたのはファナである。昨日も同じだったので、エッタの部屋には勝手に入っても良いと思っているのかもしれない。
ファナのドレスは、淡い紫のものだった。
コルセットを着けることが出来ないほどの太いウェストのせいで、ドレスがきつそうに見えている。胸を強調させるドレスにデザインは、なんとかファナのウェストを誤魔化そうとしていた。
しかし、ものには限度がある。
視線は、どうしても腹のいってしまうのだ。さらに悪いのが、体臭の問題であった。
人に会う際には香水をつけるのがマナーだが、ファナの香水の匂いはきつすぎた。
でっぷりとしたファナは人よりも汗をかきやすいらしく、汗の匂いを誤魔化すために大量の香水を使っていたのだ。それが体臭と混ざりあって、香水の調合師の予想外の悪臭になってしまっている。
「私は、このドレスでリーゼア公爵を射止めるの。あなたは引き立て役なんだから、大人しくしているのよ」
リーゼアがエッタに会いに来るということは、ファナの頭の中ですっかり消えてしまっているらしい。本日も公爵と自分のお見合いぐらいに考えているのかもしれない。
「無事に終わるといいですけど……」
公爵のことやファナのこと。
トラブルになるべき要素は、たっぷりある。
エッタは、ため息をついた。
男爵家の令嬢という肩書が、これほど重く感じたのは初めてだ。
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