第7話 赤い糸の想像
ファナは、メイド二人をつれてエッタのドレスや宝石を運び出していた。
メイドたちは、あまりにも豪華なドレスやアクセサリーに驚いていた。急かすファナに命じられて、皺や傷が出来ないように出来るだけ丁寧に移動させる。
ファナの顔は輝いており、次々と運ばれてくるドレスを身体に当て楽しんでいた。本人は楽しそうだが、それを観た人々は「あること」にようやく気がついた。
ドレスのサイズが、合わないのである。
ファナの体型は太ましいので、細身のエッタの服は入らない。ゆったりとしたドレスもあるが、それだって無理だろう。
このままではドレスが破かれると全員が思ったが、真実を告げればファナが癇癪を起こすに違いない。なにせ、ファナは自分の涙一つで全てのものが手に入ると思っているのだから。
くるくると踊るように鏡の前で回っているファナの姿は、純粋な童女のようだ。純粋な童女は、妹のドレスを奪って喜ぶことはないであろうが。
「あなたには、これをあげるわ」
そういってファナが押し付けたのは、エッタでも分かるほどに時代遅れの青色のドレスだった。
高級品だからしっかりと縫製はできているが、不必要なまでに付けられたリボンが可愛らしいを通り越して不格好だ。
きっと義母の世代のドレスを引っ張り出してきたものなのだろう。それならば、野暮ったいデザインにも説明がつく。
「このドレスは……さすがに私ででも」
着たくないと言い切る内に、ファナはピンク色の宝石も押し付けられる。これも安っぽいハートのデザインで、ドレスと合っていない。
そもそもハートの首飾りは、子供用のガラスで出来たものであった。使われている金属はメッキであり、少しばかり剥げている。
こんなものを大人がつけていたら、笑いものである。だが、ドレスは胸元が大きくあいており、ネックレスが必要不可欠デザインだ。
「いいじゃない。可愛いんだから、胸を張って着ればいいのよ」
ドレスやアクセサリーを運び終えたメイドとファナは、用事はすんだとばかりに部屋から出て行ってしまった。
きっと部屋で奪ったドレスやアクセサリーを使ったファッションショーをするつもりなのだろう。
ファナは、強欲の権化だ。
自分がドレスや宝石を使って良いという言葉を受け取って、父の話が終わった途端にすぐに宝石やドレスを持って行ってしまった。
エッタは、姉に押し付けられた青色のドレスを鏡を見ながら身体に押し当ててみる。
エッタの顔立ちは整っているが、子供っぽいドレスが足を引っ張っていた。ドレスにたくさんついたリボンが、エッタには甘すぎるのだ。知性を宿すエッタの瞳には、沢山のリボンは似合わない。
不似合いのドレスを着て人に会うことは、無作法ではない。スイール公爵家の人間は、きっと身分に相応しい紳士であろう。
公爵がやってきたところで、女性のドレスに文句を言うとは思えない。それでも、似合わないドレスを着るのはエッタでも抵抗があった。
「仕方がないですね」
縫うか、とエッタは呟く。
エッタが持ってきた荷物のなかには、裁縫箱もある。職人が作ったドレスに素人が手を入れるのは申し訳ないが、今回ばかりは許してもらうことにしよう。なにせ、緊急事態なのだ。
衣服を繕う経験は多かったので、リボンを外す作業ぐらいは出来るだろうとエッタは考えていた。
師匠がすぐにローブの裾や袖口を引っ掛けて、破ってしまうからである。その補修の仕事はエッタで、我が師匠ながら子供のようだとエッタは呆れたものである。だが、おかげで裁縫の腕前だけは上達した。
「明日にスイール家の方々が来るそうだから、簡単なアレンジにしましょう」
エッタは、鼻歌を歌い出す。
そうすると裁縫道具がカタカタと動き出した。
道具たちは、まるで生きているかのような動きでエッタを取り囲んだ。リズミカルな動きが可愛らしい裁縫道具の踊りである。
「まずは、ハサミ」
ハサミは飛び上がって、エッタの手に収まる。エッタは相変わらず鼻歌を歌っており、裁縫道具たちは踊り続ける。
エッタは鋏を使って、ドレスに付いているリボンを取り外した。裁縫道具たちは相変わらず踊っているだけで、裁縫を手伝ってはくれない。ただの目を楽しませるだけの踊りだ。
「こんなに賑やかで楽しい道具に囲まれていたら、婚期なんて逃してしまいそう」
エッタはそう言いながら、師匠を思い出す。
弟子に沢山のドレスを送るほどに愛情深いのに、まだ師匠は未婚だ。それどころか、一生独身でも良いとすら思っているかもしれない。
「……まぁ、魔法いは独身が多かったりしますけど」
エッタも自分が結婚するなど考えられない。夫や子供よりも魔法の研究を優先してしまいそうだし、人が好きになるという感覚も経験したことがない。
そんな人間を妻にと望む男はいないだろう。
エッタは男爵家の令嬢という立場があるが、実家に嫌われているエッタでは嫁ぎ先に利益をもたらせない。改めて考えるとエッタ自身もそうだが、周りの環境も結婚に向いていない。
「運命の人ですか」
乙女たちは、そのように一生を添い遂げる相手のこと呼ぶことがある。夢見がちな乙女たちたちの噂であり、魔法をもってしても運命の人を探すというというのは不可能だ。
エッタは、自分の小指を見つめてみた。
小指には赤い色が結びついていて、運命の相手に繋がっているらしい。ロマンチックで、なんとも笑える話だ。
「私には、赤い糸なんてあるのでしょうか……」
自分の手をじっくり観察してみるが赤い糸なんてない。所詮は、言い伝えの一つだ。それに、魔法使いのエッタは生涯独身でも困らない。
自分の将来は、師匠の面倒を見る。そして、師匠がいなくなったら自分で弟子をとってもいい。
それとも、失われそうな魔法を収集する旅に出るのも良いかもしれない。新しい魔法の開発もそそられるものがある。
「それでも……」
自分の根底が変わってしまうような強い感情が恋だというのならば、体験してみたいという気持ちがないわけでもない。
運命の人は自分にもいるのかしら、そんなことをエッタは考えていた。
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