第6話 全てを奪われる
「ば……馬鹿者!!」
エッタが朝食の席につこうとすれば、その前に父親が大声で怒鳴り散らす。それと同時に、張り手が飛んできた。
今までよりも力が強く、ファナは叩かれた頬を押さえた。じんじんと痛む頰は熱をもっていて、赤くなっているであろうとエッタは察した。
昨晩のことをファナは自分に都合よく改ざんして、父に伝えたのであろう。イテナスも顔を真っ赤にして、エッタのことを睨みつけていた。
「あなたには心と言うものがないの!姉に対して、あんな破廉恥なことをするだなんて……」
イテナスは涙を流しながら、エッタを叱った。
その隣に座るファナはハンカチで涙を拭うフリをしている。本当に泣いているのではない。あくまで、フリだ。
その証拠に、ハンカチはちっとも湿ってはいなかった。
いつもに増して素晴らしい演技であった。ファナは貴族令嬢より、女優に向いているのかもしれない。
「あれは、お姉様が師匠から頂いた大切なアクセサリーを盗ったから……」
エッタの言葉を遮ったのは、ファナであった
ハンカチで目元をごしごしとさすって、赤くてまでして泣いている。まるで、一晩中泣きはらした顔である。
「嘘つき!師匠からもらったと言って、宝石やドレスを見せびらかしてきたのはあなたでしょう!!それで少しでも男に媚びを売れるようにって、私のドレスを切り裂いて……」
エッタと師匠を侮蔑したのはファナであったというのに、見事な演技力で自分が被害者だと両親に訴える。
ドレスを切った事に関しては、さすがにエッタ遣り過ぎたと思っていた。
だが、嘘を報告されるのは違う。
しかも、ファナは自分が悪いとは微塵も思っていないようであった。甘やかされすぎて、嘘を付いて他人を落とし入れる恐ろしさも何も学んでいないのである。
「お姉さまは、私と師匠を男女の仲だと侮辱したのですよ。淑女らしくないことに」
エッタは、なにが淑女らしいことなのか分からない。けれども、相手を侮辱する言葉を口にする者は淑女ではないと考えている。そんなものは、人として終わっている。
「人のドレス引き裂いたあなたに、淑女の何が分かるって言うのよ!」
ファナの怒りは、収まることをしらない。突如として立ち上がったファナは、エッタを突き飛ばした。これには、さすがの両親も驚く。
ファナは、自分からエッタを殴ったりはしなかった。いつも他の人間を使って、エッタを苦しめていたのである。
「あなたが来てから、家の中が滅茶苦茶よ。もう出ていってちょうだい。スイール家のことなんてどうでもいいわ!!だって、私が公爵家の夫人になるのだもの」
ファナは、食堂のドアを指差す。
そこから出ていって、二度と顔を見せるなと言いのであろう。しかし、エッタは呼び出された身である。
公爵は、あくまでエッタに会いに来るのだ。
ファナは、そのことを分かっていないのではないだろうか。
「待て。それは、許さないぞ!!」
父が怒鳴ったので、エッタもファナは口をつぐむしかなかった。貴族の家にとって家長の言葉は絶対であり、それはファナとエッタに染み付いている。
「まずは、エッタ。お前はもってきたというドレスやら宝石を渡しなさい。ファナの言う通り、家賃の足しにしてもらう」
父の言葉に、エッタは絶望した。
非道な暴力さえ受けてきたが、父が堂々とエッタの私物を取り上げることはなかった。だから、エッタは信じられなかったのだ。
一方で、ファナの目は輝いている。すでにドレスもアクセサリーも自分のものになったものだと思ったのであろう。
「どうして、私物を取り上げるんですか。あれらは師匠が用意してくれたものなのに……」
師匠は珍しい道具を次々と作り出す天才だが、それでもドレスやアクセサリーはかなりの出費だったはずだ。ドレスなどに込められた想いは未だに分からないが、誰かに奪われていけないものである。
「お前からドレスやら宝石をもらうのは、仕方がないだろう。これからしばらくは家にいるのだから、滞在費用として渡しなさい」
ここはエッタの実家である。実家にいるだけで滞在費を寄越せだなんて横暴すぎる。
それならば、イテナスとファナこそが滞在費用を払うべきである。父は元々は婿養子なので、普通ならば生母の血を引いたエッタが長女として婿養子を探す役割を担っていたはずなのだ。
だというのにーー。
エッタを使いの魔法使いに弟子にして、両親は強制的にファナを跡取りにしてしまったのである。これは、間違いなく家の乗っ取りである。
本来ならば、エッタは怒っていい。
しかし、逆らったら拳が飛んできそうで恐かった。幼い頃に受けた暴力は、魔法使いになった今でもエッタを苦しめている。
「お父様。エッタのドレスやアクセサリーは、私が使ってあげてもいいでしょう?ちょうど三日後にはパーティーがありますもの」
ファナは、エッタのドレスや宝石が自分のものになると思っているらしい。うきうきとしている。
父の前でなければ、使用人たちにエッタの部屋からドレスを運び込むのを命令しそうであった
「……そうだな。お前は跡取り娘として婿を探してくるという大事な役割がある。館にあるドレスや宝石は好きに使いなさい」
父の言葉に、エッタは不満しかない。
いっそのこと魔法で痛い目をみせてやろうかと思ったが、それでは使用人にも迷惑がかかる。食堂で風の魔法など使ったら、料理が台無しになってしまうだろう。
エッタは別の属性の魔法も使えたが、風の魔法が一番安全性が高い。火の魔法を使ったりしたら火事が起こるかもしれない。何より、エッタは父に魔法を使うことを躊躇していた。幼少期の叩かれ続けたトラウマが原因だ。
何より、エッタは家族に対して情を持っていた。良い思い出は全くないが、それでもエッタにとっては家族なのである。
攻撃したくない。
そんな気持が少しだけあったのだ
「エッタは、明日にはスイール家の方がいらっしゃる。それまでは屋敷にいろ」
父は、やはりスイール家のご機嫌を取りたいようだ。格上の公爵からのお願いには、敵わないというものらしい。
「スイール家がいらっしゃるときは、まともなドレスを着ろ。ファナの古着でまにあうだろう」
エッタは、ファナの方を見た。
ファナは、勝ち誇った顔をしている。この様子では、エッタは師匠からもらったドレスや宝石は返えってはこないであろう。
せっかく師匠からもらったドレスとアクセサリーは、あっという間にファナに取られてしまった。
エッタは、ため息をつくしかない。今更になって、父に泣きついたとしてもドレスは帰ってこないであろう。
「つまり、スイール家の人々の前ではまともな姿を見せておけ。ということですね」
エッタの荷物をファナに渡しておいて、まともな格好をしろというのは横暴がすぎる。
さらに言えば、ファナがまともなドレスを融通してくれるとは思わなかった。おそらくは、時代遅れの汚れたドレスを渡されるであろう。
ドレスもアクセサリーも、エッタにとっては本来はいらないものだ。しかし、師匠からのプレゼント違う。あれらがエッタの事を思って、師匠が用意してくれた物である。
エッタの目から、大粒の涙がこぼれた。感情を表に出さないエッタにとっては久々の涙だ。
ここまで悔しいと思ったことはないのに、トラウマから父に逆らうことは出来なかった。それが、とても悔しい。
「なによ。しおらしくなっちゃって。これで、ドレスも宝石も私のものよ!」
さっきまで泣き真似をしていたファナは、すっかり笑顔になっていた。子供のように目を煌めかせている素顔は、強欲な悪魔のようだ。
「エッタは、舞踏会もなにも行かないものね。せっかくのドレスや宝石なのに、使わないのはもったいないわ」
エッタは、社交界になんて出る気はなかった。あそこは若い男女に交流の場であり、自分が行くような場所ではないとエッタは考えていたのだ。
それにしても……。
自分の師匠も同じ考えだと思っていたのに、あれだけのドレスを送ってきたというのは奇妙ではあった。
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