第4話 姉の婚約破棄
「やぁ、ファナ。久しぶりだね」
ファナを訪ねてきたのは、スバルという名の青年貴族だった。細身の青年は、でっぷりと太ったファナに花束を渡す。白い大輪の花束は、スバルのファナ対する真心であった。
だが、花束をファナは受け取らなかった。それどころか、自分の婚約者の顔を睨みつける。
「どうしたんだい?いつもならば喜んでくれるだろう」
スバルは不安げに、ファナの顔色をうかがう。
スバルは、とある伯爵家の次男坊だ。
長男と違って家を継げない次男は、婿入りでもしなければ貴族として生活が出来ない。家に溢れる次男以下の男は、騎士や修道士になるしかなかった。
スバルは貴族として生活をしたいと思っていたので、ファナの婿になることを選んだ。スバルは折り目正しい青年で、ファナの我儘にも付き合ってくれる。
両親にとってはスバルは理想的な将来の婿だったし、それはファナとっても同じはずなのだ。
何時もはスバルが訪ねるだけでファナは大喜びすしていたが、今日は何だか機嫌が悪い。
だから、スバルは婚約者のファナの機嫌を必死にとっていた。彼女が婚約を辞めると言い出せば、スバルの婿養子候補という立場は簡単に崩れてしまう。
「スバル様って、よく見ればブサイクね」
ファナの言葉に、スバルは眼を丸くした。
ファナの暴言や我儘はいつものことだが、ファナは自分の顔を気に入っていると思っていた。いつもならば、格好良いと言ってくれたからだ。
「それに、身分は伯爵でしょ。つまらないのよ。絶世の美女である私には釣り合わないわ」
ファナは、花束をスバルの押し返す。
一方で、スバルは婚約者の心変わりに驚くしかなかった。なにがあったのかとファナに尋ねれば、予想もつかない答えが返ってきた。
「我が家とスイール公爵家の間に、繋がりが持てるようになったの。まだお会いしたことはないけれども、きっとリーゼア公爵は一目で私を気に入ってくれるわ」
会ったこともない相手に胸を高鳴らせるファナに、スバルは唖然とした。元からファナは夢見がちな女の子ではあったが、こんなにも酷いことを言い出したのは初めてだ。
「ちょっと待って!相手は公爵家だよ。君を相手にするわけがない」
男爵家など公爵家にしてみれば、吹けば飛ぶような身分だ。そんな家から妻を選ぶとは思えなかったし、ファナのことを気に入るとも思わなかった。
家族が全員が、ファナのことを褒めている。
しかし、他人から見ればファナはかなり太ましい少女である。
性格も良いとは言えず、自分のような婿入りを狙う男にしか相手にされないだろうとスバルは常々思っていた。
いや、婿入りを狙う男たちにもファナだけば勘弁して欲しいと言っている。
スバルは競争相手がいないファナと婚約することで、確実に男爵家の婿養子になることを狙っていたが、我慢の限界だった。
「そんなことはないわよ。私とリーゼア様は結婚する運命にあるの。その時に、スバル様は邪魔になるから別れて欲しいのよ」
もっと高貴な人間と付き合うために婚約を破棄したい。あまりにも自分勝手なファナの言葉に、スバルは頭に血がのぼった。
今までは、婚約者だからこそ色々と我慢していたのだ。ファナの父母がいないから、婚約破棄は彼女の一存に違いない。これが、ファナの本音なのだ。
「薄々とは感じていたけれど、僕は君を飾り立てるアクセサリーでしかなかったんだね。飽きたら、ぽいっと捨てられるのか……」
スバルは、ファナを睨みつける。
ここまで言われたら、もはや婚約者でいつづける事は無理だ。スバルは自分の生活のために、ファナの我儘と一生付き合うことを覚悟していた。
しかし、彼女の欲望はスバルの考えも及ばないほどの強欲だった。
公爵家の人間が、ファナを相手を相手にするはずがない。ファナの身分は、男爵家の令嬢にすぎない。夢を見すぎている。
そして、ファナは外見も正確も悪い。
とてもではないが、遊びであっても格上の男が相手にするはずがなかった。
「エッタ。お父様とお母様を呼んできて。二人に話して、婚約破棄の処理をしてもらわないと」
ファナが命令したのは、銀の髪のメイドだった。見れば見るほどにファナと似ているために、思わずスバルは首を傾げた。
エッタはメイド服など着ていなかったが、地味ワンピースが使用人の制服にスバルには見えたのである。
「エッタのことが気になるの?彼女は、私の出来損ないの妹なの。そうだ!」
ファナはエッタを呼び寄せ、スバルの隣に座るように命じた。エッタは首を傾げながら、ファナに従った。
近くで見るとスバルという青年貴族は、それなり整った顔立ちをしている。年齢もファナと近くて、両親が厳選した婚約者なのだろうとエッタは思った。
結婚相手が容姿や年齢が釣り合わなければ、ファナは婚約に対して我儘を言って暴れるのは目に見えている。
世間には、親の命令を断れずに年の離れた男と結婚する令嬢も多い。ファナの要望に応えるために選ばれたであろうスバルは、身分も容姿も申し分なかった。結婚相手としては、決して悪い相手ではない。
突然の婚約破棄に今は怒っているが、普段は優しくて良識的な青年貴族なのだろう。婚約破棄の話が出るまで、婚約者に対する態度やプレゼントまでスバルは完璧だった。
「ほら、二人はお似合いね」
ファナの言葉の意味が、スバルとエッタは最初は分からなかった。しかし、すぐにスバルは、ファナが自分を妹に押し付けようとしているのだと気がついた。
スバルは、頭を抱えた。
ファナは今までも我儘放題であったし、見た目もスバルの好みではなかった。
それでも、将来の伴侶としてスバルは一生懸命であったつもりだ。
ファナを訪ねるときにはプレゼントは欠かさなかったし、できる限り二人の時間もとった。おべっかではあったが「可愛い」とも繰り返した。なのに、すべては無駄だった。
「分かった。この件はすべて僕の両親に伝えておく。君も自分で両親に伝えたまえ。言っておくが、僕は君とは結婚できない。君と結ばれるぐらいならば、修道士になった方がいい」
スバルは立ち上がって、部屋を出ていってしまう。その背中には、一片の未練もなかった。
「ファナお姉様。急いで追いかけて、謝らないと!!」
エッタは慌てた。
ファナの言葉は、淑女云々を差し置いて人として問題があった。しかし、ファナはそっぽを向くばかりだ。ファナの頑な態度に、さすがのエッタも慌てふためく。
「なによ。本当のことを言っただけよ。リーゼア様と私は結婚するんだもの。スバル様は邪魔よ」
謝る気のないファナを置いて、エッタは急いでスバルを追う。スバルは、ファナにはもったいないほどの男性である。急いで引き止めて、ファナとの婚約を続けてもらわないといけない。
スバルは屋敷を出るところで、ファナの両親に引き止められていた。
スバルのあんまりにも短い滞在に、両親が疑問をおぼえてやってきたのだろう。今はファナのやらかしたことに関して、必死に謝っている。
「僕は、何があろうとファナ嬢とは結婚できない!ファナ嬢は、人のことをアクセサリー代わりとしてしか見ていない。そんな女との結婚なんて御免だ!!」
怒りを残したままで、スバルは去っていった。これで、ファナの結婚話は立ち消えたことになる。
両親は、一気に老け込んだような気がした。まさか自分のたちの娘が、何の相談もなく一方的に婚約破棄を行うとは思わなかったのだ。
「エッタ!何を見ているの!!」
イテナスは、エッタを見つけた。余裕のないイテナスは、エッタがファナの醜聞を広めるかもしれない悪魔に見えていたのである。
「あなたが公爵家の話なんかを持ってきたのが悪いのよ!」
そのような事をイテナスに言われて、エッタは非常に困った。エッタは、そもそも呼び戻されただけだ。話を持ってきたのは、父の方である。
「お母様、お父様!」
笑顔のファナが、部屋から出てきた。そして、褒めてほしいばかりに眼を輝かせる。
ファナは、自分が失った者の大きさに気がついていないようだった。
エッタは、ため息を吐く。
一方的な婚約破棄が社交界で広まったら、ファナの評判はますます悪くなる。そうなれば、ファナの婿養子探しは今まで以上に困難を極めるであろう。
「ねぇ、聞いて。私はリーゼア様と結婚するわ。お家の方は、養子をとればいいんだし」
ファナの提案を聞いたイテナスは、娘の無能さに涙した。だが、ファナは自分が母を泣かせた理由が分からない。
ファナは、公爵と結婚できると本気で信じている。子供のような夢見る言葉が、エッタは何だか恐かった。
ファナは、体だけ成長した子供のようだ。自分を客観的に見れないし、我儘は何でも通ると信じている。
「……そうね。ファナの可憐さならば、きっと公爵様を射止められるわ」
母は、ファナに向かって前向きな言葉をかける。ファナの夢を壊さないように、イテナスは昔から接してきた。
今回も圧倒的にファナが悪いというのに、甘い言葉で許してしまうのだ。そして、それは父も同じだった。
「伯爵家には、私から断りを入れておこう。ファナは、できるだけ公爵に好かれそうな格好を選んでおきなさい」
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