第3話 予想外の展開


「お父様が、私を呼び戻したのではなかったのですか?」


 てっきり、父の思いつきで生家に戻ることになったと思っていた。しかし、実際は父の知り合いがエッタに会いたいと言ったらしい。


 それだけのことであった。


 父がエッタに会いたかったと理由ではなかった事に、少しばかりエッタは悲しみを覚えた。歳をとって父も丸くなったと思ったのに、父も昔とちっとも変わっていなかった。


 父は、ふんと鼻を鳴らす。


 とても不機嫌そうだった。やはり、父は今でもエッタを疎ましく考えているらしい。


「ああ、そうだ。そうでなければ、お前のような何を考えているような娘を呼び戻すものか。せっかく、厄介払いを出来ていたというのに……」


 父の言葉に「はぁ」とエッタは締りのない返事をする。あまりに、令嬢らしくない返事だ。


 だが致し方ないだろう。こんな態度であるが、エッタは少しばかり傷ついていた。


 親に堂々と『厄介払い』と言われたのだ。父が昔と変わっていないことは勘づいていたことだが、言葉で拒否されたら出されたら悲しくもなる。


 だって、父とは血が繋がっているのだ。


 父は、ぎろりとエッタを睨んだ。何かが父の逆鱗に触れたらしい。


「その返事はなんだ!それでも年頃の淑女か!!」


 父は、エッタの頬を再び打った。


 そう言われたところで、エッタは貴族としての教育を六歳の頃までしか受けていない。貴族としての教養もマナーは忘れてはいないが、それだけの教育で立派な淑女になれるわけもないのだ。


 淑女らしくない、と言われてもいたしかたない話しであった。


 だからといって話を逸らさなければ、さらなる暴力がエッタを襲うだろう。


 父など魔法で退けられる。


 今のエッタならば、魔法で簡単に父を再起不能にするほど痛めつけられるだろう。


 しかし、幼少期のトラウマが邪魔をする。家族に逆らえば、もっと酷い罰を受けると考えてしまうのだ。


「お父様、どなたが私と会いたいといったのですか?」


 父としては、厄介払いとまで言った娘を呼び出したくはなかったであろう。そんな相手エッタを呼び戻してくれと言ったのが誰であるかは、純粋に興味があった。


「くっ……。とある御方が、お前と話をしたいと言ってな。呼び戻すしかなかったのだ」


 父は、エッタの呼び戻すことが本当に嫌そうな顔をした。そんな父の様子から言って『とある御方』というのは、よっぽどの身分の人間らしい。


 エッタの師匠ではなくて父に話がいったという事は、とある御方というのは貴族であろうか。なんであれ、面倒ごとの匂いがする話である。


 巻き込まれたくはないな、とエッタは思った。


 だが、今更になって逃げるわけにもいかない。師匠のところに逃げたところで、居場所は分かっているのだから連れ戻されるのがオチである。


 どうしようななく嫌ならば、師匠はエッタのことを庇ってくれるだろう。


 しかし、これはエッタの家族の問題だ。師匠に頼るのは、あまりに格好が悪い。


「お父様。それって、どういうこと!」


 ファナが甲高い声で叫ぶ。


 信じられない、とでも言いたげだ。


 ファナにとってはエッタは無価値だから、必要とされることが信じられないのであろう。


 実際のところ、エッタには大変な価値がある。


 魔法使いとしての仕事の依頼は、師匠よりも多いぐらいだ。商人の旅の護衛だったり、同じ魔法使いからの共同研究の依頼だったりと。男爵家の実家よりも稼げる月があるぐらいである。


 こんな事を言えば、ファナ再び叩かれるので何も言わないが。


「スイール公爵家からの申し出だ。魔法使いになった娘をもらいたい、という申し出があった」


 エッタは、その言葉に驚いた。


 公爵家とは、予想しなかったほどの大物である。公爵ならば、父がエッタを呼び戻す理由にも納得だ。


 それにしてもエッタをもらいたいというのは、どのようなことだろうか。公爵の護衛でもエッタに任せたいということなのだろうか。


「相手は公爵家だからな。申し出を無碍にすることは出来ない……。そうでなければ、私だってエッダを呼び戻すことなどなかった」


 呼び戻すことはなかった、なんて実の娘の前で何を言っているのだろうか。まるでエッタは、ここにいないかのような言葉である。


 しかし、父がエッタを呼び戻した理由は分かった。公爵家の頼みならば、男爵家が断れるはずもない。


「どこで、公爵様に取り入ったのよ!」


 ファナの癇癪が、また始まってしまった。


 男爵家にとっては、公爵家は雲の上の存在である。そんな公爵に呼ばれたことが、ファナには気にいらないらしい。


 エッタは、死んだ魚の眼になる。


 ファナの癇癪にも疲れてきたのだ。魔法で吹き飛ばしたくなったが、そんな事をすればより面倒になることは分かっていた。


「スイール公爵家といえば当主のリーゼア様が私たちと同じぐらいの年頃で、まだ婚約者がいらっしゃらないのよ!!」


 スイール公爵家は、女としてのエッタ求めているとファナは考えたらしい。


 つまりはエッタを妻として娶りたい、と。


 ファナは、髪の毛をかきむしっていた。丁寧に結わえられた髪は乱れて、今にも発狂しそうな顔をしている。


 一方で、エッタは落ち着いていた。


 年頃の女を欲しがるということは、ほとんどの場合は結婚が絡む。だが、エッタには公爵家との繋がりなどない。


 スイール公爵家が、何を考えているのかは分からなかった。


 愛弟子であるエッタの里帰りには、なにか思惑があるのかもと師匠は調べていたであろう。それでもエッタを行かせたということは、スイール家は悪事などは企んではいないはずだ。


「不安は山のようにありますけど」


 師匠のことである。


 大事なことを見逃したあるいは忘れたということは十分にありえた。


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