たった一人の復讐者
そのなは
魔道
「まずは基本の復習から始めるぞ。これが出来なければ丸裸で戦場に出るようなものだからな」
先生──いや師匠は、柔らかくしなる杖をパシと手で鳴らしながら僕に目で合図をする。
それを受け取り、唾を飲み込み、息を少し吐き、体を楽にする。そして防御魔道を展開しようと詠唱を唱える。杖に魔力を流し、自分の体を守るようなイメージを起こす。手を伝い魔力が杖に移動するのが分かる。そして杖から魔力が放出され、魔道へ変換される感覚が身体中に伝わる。
「防御魔道(リバーチ)──!」
魔力を強固な障壁に変換し、外の障害物から自身を守ることが出来る魔道。唱えると黄色の薄い壁が丸く自身を包む、魔道士なら誰もが出来る基本魔道の一つ。良い魔道士ほどその魔法の耐久値が上がるのだと師匠が言っていた。
目の前には白い魔力が杖から大量に放出されている。しかし一向に黄色の壁が出来上がる気配がない。これほどの魔力を放出してなお、僕にはその魔道を扱えないらしい。
ついに魔力切れを起こし、杖から魔力の流れが途絶える。ごっそりと体力も持っていかれ、膝に手をついて肩を上下させる。とても重たいものを持ったような、そんな気分だ。
「やっぱりか。いくら練習しても基本魔道は軒並み出来ないな」
ふう、と息を吐きながら、師匠はガラスに入った魔力液を僕の頭にコツンと当て、それを受け取ると師匠は近くの椅子に乱暴に座る。僕は小さくお礼を言うが、師匠はヒラヒラと手を振るだけ。長くそこにあったであろう椅子から、ミシミシと軋む音が小さく響く。
「これを展開させるのに苦労するような馬鹿どもが居ない訳では無いが、流石に"展開できない"というのは初めて見るな」
ジイと睨むような目はどんどんと細くなり、ついには目で獲物を殺しそうな険しい顔になる。僕にもどうして使えないのかが分からないから、目を逸らすように下を向く。
「すみません……」
「…………ふん、ここまで来ると才能とか努力とかそういった問題でもないだろう。何かは知らんが明確に使えない理由があるはずだ。しかし、基本魔道が使えないやつにする対処法は全て出し切ってしまったし、どうしたものかな」
師匠は火、水、土、風の小さな基礎魔道を杖で変換し続けくるくると弄ぶ。一応全て攻撃魔法のはずなのだが、周りに一切影響の無いよう繊細な扱い方で魔道を操り、まるでパフォーマンスのようで見入ってしまう。
「また座学でもいいが、知識は経験して初めて自分のものになる。お前の体力も魔力量も申し分無いはずなのだが、普通魔道も基礎魔道も無理となれば、さすがの私も手が打てん」
そう言って師匠は手元のそれを握り消すと立ち上がる。「あまり褒められた方法ではないが──」帽子で顔が見えないが、その声色と手にある杖の動きが不穏さを醸し出していて、
「身を守れないのであれば、打ち消すか躱すしかないな」
もしかしたら殺されるかもしれない、本気でそう思った。
魔道には攻撃魔道、防御魔道、回復魔道、妨害魔道の四つの基本魔道が存在し、魔道士ではない人間もこの基本魔導だけは使えるのだ。それは、人間には魔動脈というものが存在し必ず備わっているから、と師匠から学んだ。初めからそれが優秀な人もいるが、普通の人でも魔動脈を鍛えて魔道士に成り上がることも出来るという。そんな人は極僅からしいが。そしてその基本魔道は中級魔道、上級魔道と進化していくため、これを扱うのは魔導士として生きていくには必須と言える。魔道士が初めに扱う基本魔道には人に対する影響が低いため、小動物を捕らえたり野営の時の種火として使ったり、生活の一部として使われている。そしてそれを扱い続けることで自身の魔道を扱う熟練度が上がっていき、熟練者にもなれば職業としても機能するというのだが、
「どうした、私は基本魔道しか使っていないぞ」
師匠のそれはあまりにも規模が違っていた。
教室が強化されているのか、魔道の重たい衝撃が部屋に響いても床や壁には一切影響がない。火、水、風、土……様々な属性の魔道が繰り出され、次々と僕に向かって正確に飛んでくる。一撃一撃が基本魔道とは思えないほど強力で、当たったら体に影響が残りそうだし、最悪死にかねない気がしている。それに加え速度も速く追撃も多く、それらを躱すのに精一杯で弾いたり防御したりなんて無理だ。
でも師匠の事だから、さっき言っていた"打ち消すか躱す"の両方をしないときっとこの時間は終わらないだろう。なんとか発射源を目で捉えるために体を向き直そうとするが、真正面から飛んでくる魔道の速度が速すぎて体に当たらないように動くので精一杯だ。というか掠った。もう少し左にいたら右目が無くなっているところだった。しかし恐怖を抱いてる暇も、躱せたことを安堵をしている場合でもない。体力のこともあるしずっとこうしている訳にも行かない。何か手を考打たないと……。
物心ついた時からここにいる僕は、生活術も打開策も何もかも、師匠かここのみんなから教えてもらったことしか知らない。その中から何かないかと記憶を辿って必死に考える。肩も動いてきた、息も熱い。
狭い教室なのに、やけに遠く感じる師匠を何とか目で捉えながら考える。きっと師匠が今まで教えてくれたことの中に何かあるはずだ。考えろ考えろ考えろ。
『人間に魔動脈があるように、生物や植物にも魔動脈がある……』
……これは師匠に魔力を教えてもらった時の。
『……当然、無機物に魔動脈は無いが、魔力自体はある。それは空気中の魔力が長い時間の中で物体に溶け込むからだ。それらに自身の魔力を送り込んで使うことで自分の魔力消費を抑えることができる』
『じゃあ、空気中の魔力を使ってずっと消費を抑えたまま魔道を使うことは出来ないんですか?』
『そう簡単にはいかん。空気中の魔力は属性もなく目に見えないほど薄い。濃い空気であれば可能性がないこともないかもしれんが、熟練魔導士でもなかなか難しいだろうな。そういった事例も今まで見たことがないしな……』
『……ただ、その発想自体はいいな。そういった事例の無い魔道を創ることを魔法と言う。それが一般的に使われるようになったら魔道と言うんだ。魔道をどう考え、どう感じるのか、頭を使い続けろ。今は基礎が出来ないだけだ、自分が魔道を使うイーメジを持ち続けろ。そうしてたら自分の知らない内に魔道が使えているかもしれんぞ……』
師匠の言葉が脳で鮮明に思い浮かんだ。……空気中にも魔力はある。もしそれが無理だとしても、僕の魔力だけじゃ魔道を使えないのならこれを試してみるしかない。僕の力が無理なら他の力を借りてみるしかない。
空気中に魔力を込めるイメージをする。防御魔法を空気中に展開するように頭の中で思い描く。しかし、杖に魔力は籠るが、魔道へ変換される感覚は無い。……足りない、まだ足りない。……イメージ、イメージ、身を守るイメージ。身を守る物は……盾。衛兵が使っているような、丸くて堅い、敵の攻撃を凌ぐための強い盾。
しかし魔力を込めて魔道をイメージしながら戦うのは、慣れてないのもあるのか上手くいかない。それに相手は師匠だ、全く容赦がない。このままだと体力が先に尽きる。魔道を展開するような余裕は無くなってしまう。今じゃなくては。
「力みすぎだ、もっと肩の力を抜け」
ハッとして師匠の方を見た途端、上から落ちてきた火の塊が足元で爆発した。
「──っぐぅ」
無理に体を庇おうとしたせいか、地面に肘と腰を強打し、落ちていた土魔導の欠片が体中に刺さる。体を起こそうと力を入れると欠片が食い込んできて尋常じゃない程の痛みが体を縛る。
早く魔道を展開しなくてはと無理に立とうとすると、体に刺さっていた土魔導が砂に変わり、その分浮いていた体が地面に叩きつけられる。
「いたぁ!!」
「ったく、私の教えはどうした。魔法が使えなくたって武力行使くらいは出来ただろう」
いつの間にか近くにいた師匠が僕に中級回復魔道を施してくれる。体から穴が埋まっていく感覚と痛みが引いていく感覚が同時に来て、いつもながら慣れないなと体が震えた。
「師匠に武道で勝てるわけないじゃないですか」
「でも今のお前にできた手段はそれだけだろう。可能性の話をしてるんじゃない、選択肢の話をしているんだ」
僕に傷が無いことを確認するとパシと体を叩き立ち上がる。「今日はここまでだな」と手を振りながら出口に向かっていく。
「あ、ありがとうございました」
パタン、という扉の音が響き部屋には静寂が訪れる。あれだけ魔道が展開されたのに何ともない部屋を見渡し、ため息を吐く。炎魔導の熱が教室にまだ残っていて、じんわりと汗が体に浮かぶ。
「……帰ろう」
疲労した体をぐったりと起こして何とか立ち上がり、杖を使いゆっくりと部屋を出た。
「ん?おいお前何しているんだ」
フラフラと自室に戻っている最中、見たことの無い衛兵に絡まれた。
「え、いや魔道の」
「あ?お前みたいな薄汚いやつに魔道の特訓なんてするやついるわけないだろ」
「おいおい止めとけ、魔道の特訓なんか大それたモンじゃねえよ」
隣にいたヘラヘラした衛兵はおもむろに僕の胸ぐらを掴む。
「エイラミ先生の魔道実験のネズミだぜこいつは。何せ珍しい体質らしいんだよなァ?」
上に持ち上げられ、喉が締まる。足が地面を離れてしまい身動きが取れない。
「──ッカハ」
「ったく、実験だろうが何だろうがあのエイラミ先生の近くにいられるなんて羨ましいねェ。俺も今から魔道士になれば一緒に実験できっかな?」
「無理だろそれは。つーかあんな年増の何がいいかね」
「見た目は若いだろ。それにまだ年増っつー歳じゃねェよ」
衛兵達がそんな呑気に会話している間に、僕の意識は朦朧としてきていた。何とか耐えているがもうそろそろ限界だ。
「あっ、そー、かい!」
ドン、とお腹に衝撃が来る。宙に浮き硬い金属の何かに殴られた鈍い痛みと硬い石の痛みが前と後ろから襲ってくる。息が詰まっていたのもあって視界は点滅していた。
「おーおーやりすぎだろ」
笑い声は聞こえるが、誰が何を話しているのか認識出来なくなった。何とか顔を上げようとしたが体に上手く力が入らず、小さな布切れが顔に落ちてきて意識を失った。
たった一人の復讐者 そのなは @oresihad
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。たった一人の復讐者の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます