第5話 後輩と朝ごはん
外から聞こえる小鳥たちの鳴き声で目が覚めた。
今朝は心なしか昨日までよりも増して寒いような気がする。女神様のぬくもりを感じながら寝た所為かもしれない。
下の階で物置がする。そして女神様がいない。きっともう降りたのだ。
下に降りる。それにつれて何かを調理する音が聞こえた。もしかすると、昨日の寝る前に話したことを意識して妻にでもなったつもりで頑張ってくれているのかもしれない。
「女神様、おは…」
キッチンに入った時、僕は絶句した。毛先の白いピンクの髪、僕の口あたりまでの背の高さ。何故女神様ではなく…?
「おはよ、センパイ」
「アーシャ…、何で君がここにいるんだ?!」
「驚いたっしょ?いやー、昨日
「解錠魔法の悪用は犯罪だぞ」
「いいじゃん。あていとセンパイの仲なんすから」
「それより、女神様は?」
「女神様…?さぁ、あていが来た時にはもういなかったけど、もしかして昨日連れ込んでた幼女が女神様?」
「そうだよ。で、女神様はどこかに隠したのか?」
「そんなことは…。センパイ、可愛い後輩をイジめる気っすか?」
どうしようもなく、僕は顔を洗う為に洗面所へ行った。
アーシャは冒険者科の後輩で、とあるきっかけから仲良くなった。
けど、束縛したいのか知らないけれど僕が女性と接触しようものなら何が何でも介入しようとする面もあって少々困っていた。
まさか今朝になってから乗り込まれるとは思いもしなかった。
昨日乗り込まれなかった所為で完全に油断していた。
億のいる魔法学科で習わない魔法も冒険者科では習えるらしいし、僕で今回の件は太刀打ちできないだろう。
僕が警戒しなかったばかりにこんなことになったのだから、女神様が帰ってきたらおとなしく怒られるしかない。
鏡の前に立って、僕は初めて額に何かついているのに気付いた。
赤い二重丸の描かれた小さなスティッカー。認識阻害シール。
認識を阻害したい相手の体液を塗ったソレを人の額に貼ると、その相手が認識できなくなる魔法道具。
アーシャにこれを使われていた?
お湯でふやかして無理やり引きはがす。
まだ糊がベタベタしていて気持ち悪いけど、とにかく僕は部屋へ向かう。
案の定、女神様は僕ほ根やにいた。
手足を麻縄で縛られ、猿ぐつわを噛まされ、視界をトウェルで塞がれていた。
麻縄を切り、猿ぐつわを外し、トウェルを解く。
そして、ゆっくりと目を開けた女神様は、僕を認識した途端怒りと恥ずかしさがごちゃまぜになったような顔で僕の胸ぐらに掴みかかった。
「ジード君!あれだけ言ったのに私のお股を触っただろう?!」
「え?め、女神様、何のことか…」
「しらばっくれないでよね!私を縛ってまるで監禁するかのような状態にしてからお股を触って…。しかもその上で放置なんて何があったのだよ!?」
「え?それ、多分今家に乗り込んできてる後輩の女の子がやったんだと思う」
「後輩?君の後輩が何で朝っぱらからこんなところに?」
「実は彼女、少々俗に言う“ヤンデレ”に近い部分があって、その所為で色々とやりすぎるところがあるんだ」
「そうなの…?」
女神様はまだ納得できていないような顔をしている。それもそうだ、急に拘束されたのだから。
「じゃあ、何でその後輩が私のお股を触る必要が?」
「認識阻害シール、っていう魔法道具があるんだけど、その効果を発揮する為には認識を阻害したい相手の体液が必要だから…」
「え!?…か、神様はトイレなんかしないんだよ?」
「今の女神様は人間同然なら、排泄も人間と同じようにするんじゃないのか?」
「ぐ…」
女神様はまだ涙目になりながら顔を赤くしている。他の神様たちにも人間と同じようになって恥ずかしい部分があるのだろうか?
「とにかく、その後輩を早くこの家から追い出していってくれ。正直、私からジード君を奪おうとしたメギツネが同じ屋根の下にいると思うと空気が不味い」
「それなら、神としての威厳を見せて降参させるのが一番じゃないか?そうすれば、今後女神様に同じようなことをしてこなくなるかもしれないし」
「それもそうだね。よし、行こう!」
女神様は颯爽と階段を駆け下り、キッチンにいるアーシャをすぐさま発見した。
「やい、この泥棒猫!私こそは<始祖の女神>ナギだぞ!神からの命令だ、以後ジード君に近づくことを禁止する!」
もちろん、何も知らないアーシャはそんなことを急に言われてもまともに反応できるわけがなく、不思議そうにしていた。
「神様ごっこ?痛い
「わ、私は本物の神だよ!今は罰の所為で何の力も使えないけど」
「じゃあ、あていが今思ってることを答えてみて。伝説の通りならその左目は真実を見抜けるでしょ。ね、ウソ吐かずに答えるからさ」
「分かった、それで信じてくれるね?」
女神様はアーシャの顔を見た。けど、すぐに硬直して、顔を引きつらせ始めた。
「せ、センパイ大好きセンパイ大好きセンパイ大好きセンパイ大好きセンパイ大好きセンパイ大好きセンパイ大好きセンパイ大好きセンパイ大好きセンパイ大好きセンパイ大好きセンパイ大好き消えろこの泥棒猫ホントは神じゃないんでしょ…」
「…当たり。うわー、ホントに神様だったのか…。ごめんなさい!」
「いや、別にいいんだけど。急に神だとか言い出して信じろって方が無理だろうし…。ていうかジード君のこと好きすぎでしょ」
引き気味な反応をしている女神様だが、正直僕も引かざるをえない。
僕を好きでいてくれることは全然悪いことではない。でも、独占欲に任せて他人に理不尽な悪意を持つことは良くないと思う。
「とりあえず、朝ごはん作ってくれたのはありがたいんだけどさ、やっぱり君のやってることが悪いことなのには変わりないから、朝ごはんができたら帰ってくれ」
「えー、あていの分も作っちゃったんだけど」
「じゃあ、食べてからでいい」
朝ごはんはスライスパン――俗に言う食パン――、サウセージ、目玉焼き、レタス、そして薄味のスープ。正直、スープに媚薬でも入ってるんじゃないかと気が気でない。
「「「いただきます」」」
向かい合って座った2人は、お互い不機嫌そうにして目の前の食事にがっつき始めた。
「何で私から可愛い可愛い眷属を引きはがそうとした泥棒猫と一緒に食卓を囲まなきゃいけないのさ」
「泥棒猫!?それはあていのセリフ!あていが先に狙ってたんだけど」
「あれあれ~、もしかして主神と眷属の関係を
「誰が恋敵の眷属になんかなるもんか!あていが神になればいいでしょ」
「はぁ?人間が神になるには最低でも<美徳の魔獣>を3体は討伐してないと無理だよ。あの大英雄アランですら1体討伐するのがせいぜいだったんだから、学校で冒険者のアレコレを学んで安全に生計を立てていこうとしてるうちは無理だね。それこそ、初等学校だけ卒業したらすぐに冒険者になって毎日新しい刺激を求めながら延々と自分よりも強いモンスター達に挑み続けるような生まれつきの戦闘狂でもない限り、神になることは夢のまた夢どころの騒ぎじゃないね」
「へぇ、じゃあ私、退学しようかな」
「げ……。ま、まあ、あんなことはいったけど、本人の努力次第では普通に神になることも不可能ではないと思うなぁ」
食べながら色々と言い合う2人を眺めながら、僕は後輩の朝ごはんを噛みしめる。『後輩の朝ごはん』っていうのもロマンを感じずにいられない言葉…のはずだったのだ。そう、はずだったのだ。色々と涙が止まらない。
女神様は僕が退学するのと同時にアーシャに退学されるのが嫌そうだった。まあ、僕としてもこれから女神様とのんびり(?)やっていけるって時に邪魔されちゃ嫌…というか、何か腑に落ちない。
「「ごちそうさま!」」
2人は同時に、僕よりも早く食べ終わってしまった。
「それじゃセンパイ、また学校で逢おぅ」
「あ、ああ」
アーシャよ、君に会うことはもうしばらくないだろう。
僕は学校から出ていく…し、それに会わないとかいう以前にしばらく会いたくない。
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