第2話 神と眷属の契り
僕は今、女神様と手を繋いで歩いている。人間のように暖かくて、柔らかな手を繋いで。
女神様は少女というよりも幼女に近い体つきで、一見すると今の僕らは仲良く歩いている兄妹に見えるかもしれない。けど女神様と違って僕の髪は黒い。だからもしかすると腹違いの兄妹に、或いは僕が誘拐犯に、または僕が奴隷を買った犯罪者に見えるかもしれない。今の彼女は麻布を纏うだけで、服装はかなり貧相だ。
「仕方ないだろう、アイツらが私を辱めようとしてこんな服装にしたんだから」
どうやら、女神様は人間の心を見透かせるようだ。それが災いして怒らせることがなければいいけど。
「厳密には心を見透かせる、というよりも相手の“真実”が見えるだけだよ。碧眼になってる左目限定だけど」
「へぇ。つまり人間に騙される心配が全くないわけですね。そもそも、女神様は神の力が使えますから人間なんて敵じゃないですよね?」
「そんなことない。左目は生まれつきのものだから力を取り上げられずに済んだけど、他の能力は没収されちゃったから今の私はただのか弱い女の子だよ?」
「え?そうなんですか…」
「つまり、私は人間同然。いつかは神に戻る時が来るとしても、君は私に敬語を使うのをやめて素で接してくれないかな?これは神からの命令だよ?」
「わ、分かった」
命令とあらば、僕は従わざるを得ない。
神様が罰として人間と等しい身分、力になる。そんなことは今までの英雄譚に書かれたことがなかった。
「能力がないってことは、やっぱりどうしようと天界に戻ったり刑期を短縮したりする方法はないんだな?」
「いや、一つだけあるんだよ。けど、その為には私の眷属になった人間に英雄の器がいないといけないんだ」
「つまり?<美徳の魔獣>を1体でも倒せれば帰れるのか?」
女神様は少し考え込んだようにしたあとで首を横に振った。
「いや、惜しいところまではいってるけど…。天界に戻る条件は、この世界にある5つのダンジョンを全て私の眷属が制覇し、<美徳の魔獣>7体全てを私の眷属が討伐することで
かつて神々がまだ地上にいた頃、全ての人々が<始祖の女神>であるナギを信仰していて、その状態を表す為に作られた言葉。
「つまり、女神様が頑張って信仰を集め、同時に強くて英雄の器になる者を直属の眷属に引き込むことができれば早く天界に戻れるわけか」
「そうだね。飲み込みが早くて助かるよ」
「でも、それじゃあ僕は役に立てないね」
僕の呟きに対してか、女神様は急に僕の方を見た。
「僕が大人しく学生を続けてるのは、まぁ、両親の希望もあったけど、冒険者適正が皆無だったからで…。だから」
「だから何?君は私に声を掛けて、助けようとしてくれたじゃないか。実は君よりも前に私の前を通り過ぎてった人間だって何人もいた。ソイツらは私を助けようとなんてしてくれなかった。それでも、君は私を助けてくれた。最高の眷属だよ君は!だから、ぜひとも私の
最後の言葉を聞いたらしい数名の通行人や商人たちがこちらを見る。
どう聞いても告白の言葉にしか聞こえない言葉と周囲の視線の所為で上着を脱ぎ棄ててしまいたくなるほど暑く感じる。顔はきっと真っ赤だろう。
「ぼ、僕でよければ」
「よろしく。そういえば、君の名前を聞いてなかったね」
「ジード・エルメット。呼び方は好きにしてくれ」
「ジード君か。いい名前だ」
女神様は、爽やかに笑った。
こうして、僕と女神様は神と眷属の契約を交わした。
*
それからすぐに、僕たちは僕の家に到着した。
僕の家は魔灯が等間隔に設置された安全で閑静な、ごく普通の住宅街にある。もう夜空に星が輝くほど暗くなっていて、元気に駆け回る子供たちは1人もいない。
「特に変わったものもないごく普通の民家ですが…」
「かしこまらなくてもいいんだよ。私たち神からすれば人間の民家は興味の対象というか、非日常的だから」
玄関で靴に付いた砂を払い、家に入る。そして今更になって女神様が裸足であることに気がついた。
「そういえば、服装はどうするんだ?その麻布は辱めの為のものなんだろ?」
「私がずっと来てた服は天界で無理やり脱がされたから今はどうなってるか知らないし、ジード君のものから適当に拝借するよ」
「俺のなんて着ずに明日新しいのを買えばいいのに」
「眷属の所有物を身に纏った方がいい効果が期待できるかと思ったんだけど」
とはいえ、俺の持ってる服は庶民的かつごく一般的すぎる。眷属との繋がりの為に着るなら、特徴的なものでなければ万が一他人のものと取り違えたりする危険性があることを考えなければならない。
そんな特徴的なものはなかったと思う。
「とりあえず、夕食にしよう」
「夕食は何だ?メロンパンか?」
「いや、メロンパンじゃなくてロールパンと、シチューと、サラダだ。まぁ、サラダは適当にレタスとトマトを切って盛り付けるだけだ」
「しちゅう?さらだ?人間の食べ物のことはあんまり知らないんだよなぁ、私」
「そうなのか。人間の食べ物ってのは美味しいものばかりだぞ」
「へぇ、それはこれから先が楽しみだなぁ」
僕は女神様が見守る中、夕食の準備に取り掛かった。
*
「パンもシチューも美味しい!やっぱり、地上も思ったほど悪いところじゃないね」
「それはよかったけど、サラダはどうしたんだよ?」
「食べない!私の中の乙女が野菜食べない、って言ってるから!」
「ゴマドレ使えば全然余裕だから」
「嫌だ!なんでわざわざ草なんか食べなきゃいけないの?」
「栄養があるからだ。それに、野菜ならカロットもキャベツもジャガ芋もコルンもシチューに入ってるぞ」
「え…?」
私の中の乙女が~、なんて抜かした後になってシチューに野菜が入ってるのを知って少し焦った表情になる女神様。子供らしくて可愛いとも思えるが、神様が好き嫌いをしているうちは人間の好き嫌いも無くならないだろう。
「や、野菜が食べられるかどうかは調理方法によるかなぁ…」
ただ、相手は腐っても女神様だ。あまりイジメてはいけない。
「まあ、好き嫌いは誰にでもあるものだし仕方ないか。サラダは僕が女神様の分も食べるから、食べ終わった食器は流しに降ろして」
「流石は私の最高の眷属。やっさしいねぇ」
もしかすると、神様の性格や精神年齢はその姿に影響するのかもしれない。ふとそう思った。
*
「僕は風呂に入ってくるけど、女神様はどうする?」
「私も一緒に入ろうかなぁ」
「え?一緒に?」
「え?ダメなの?」
「いや、そうじゃなくて、僕は男で女神様が女の子だから、ちょっと恥ずかしいというか…」
「水臭いこと言わないでよ、ジード君。神と眷属の中じゃないか」
「それはそれとして、まだ出会って2時間も経ってないけど?!」
「それ関係ある~?そうやって逃げるつもりなら脱がせて襲っちゃうぞ~!」
僕は脱衣所まで急ぎ、さっさと半裸になる。ズボンを脱ぎ、パンツ一丁になったところで女神様が脱衣所に突入、すぐさま麻布を脱ぎ棄てて裸になってしまった。
そして僕のパンツを剥ごうとする。
「神話にこのやり取りが組み込まれて後世に語り継がれるようなことがあっても知らないぞ?!」
「私、まだ
「恥ずかしいから止めろ、おい!」
「こちょこちょ~」
「ふぁっ」
脇腹をくすぐられた結果、俺は簡単に負けてしまった…。
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