チャプター10:「血の女王」

 オーデュエルやヴォルデック等の班にチームは、いよいよ王城の八割方を無力化制圧。

 さらには同時に、王城上層よりも強襲隊の一チームが降下進入していた。

 王城が、間もなく完全にJF各隊の制圧掌握下になろうとしていた頃――



「――みち間違まつがいたぞイッ!」


 王城を、上層階へと先行し押し進んでいた銀年堂の隊は。

 しかし銀年堂が考え無しにズカズカ突き進んだ影響で、得体の知れぬ裏手通路空間に入り込んでおり。

 正直なところを言うと、盛大に迷走中であった。


「考えも無しにズカズカ突き進むからァッ!」

「しょーも無ェ」


 それにシャンツェが張り上げ、突っ込み咎める声を向け。

 背後ではトロル系ジェボが、警戒姿勢を一応取りつつも。呆れ交じりの皮肉の言葉を零している。


「困るなぁ……」

「こうなる気はしてた」


 さらに傍では、ゴブリン系のトートゥが明確な困惑の色を見せ。

 ミュータント系のラーウォーにあっては他人事のように、生温い人声を零している。


「――風の流れがあります。一応、どこかに通じてそうですが」


 そんなやり取りに様子の端ではフュンジェクが、現在の得体の知れぬ通路空間の奥側を観察し。同時に風の流れを察知し、そんな進言の言葉を寄越す。


「良かッ。ひとまず、城んおもたる所に戻っぞ。行ぐどッ」


 その進言を受け入れ、銀年堂はシャンツェの突っ込みもジェボの皮肉もどこ吹く風と。

 またズカズカと進み始める。


「不安だ……ッ」


 それに大変に苦い顔で零しつつ、しかし行くしかないわけで。シャンツェに各員は銀年堂を追いかけた。




 ティーリアン王城の最上階層。

 そこは広大な空間に荘厳な内装を持つ、謁見の間。


「――……」


 その最奥。雛壇の上に置かれる、巨大な玉座に座す一人の存在の姿がある。

 それは二十手前の年齢容姿のエルフの少女。

 美麗な長い金髪の映える、絶世傾国のそれとも言って良い美少女エルフ。その体を上品だがシンプルな造りの白いドレスに包んでいる。

 そしてしかし、その年端もいかぬ容姿だと言うのに。その玉座に座す姿は堂々と傲慢なまでの様相であり、まったく気後れをしていない。


 その少女こそ、ナフレリアスの若き新たな女王、サーティエ。

 その若さで、この大戦下で国民を導き。時に残酷で冷酷な決断を、しかし臆することなく下して来た――「血の女王」の二つ名を持つ少女であった。


 そしてその血の女王の今の顔色は、何か憂鬱さを含み、氷のように冷たい眼をしている。


「……どういうつもりだ?オルデコフ侯爵」


 そしてサーテェアは、玉座上から雛壇の下を見下ろしながら。何かつまらぬ物言いで発する。

 彼女が目に映すは、謁見の間の真ん中空間の床上。

 そこにあるは剣幕を作りサーティエを見上げる、二十代半ばの程の紫髪の美麗な美女エルフ。

 今に呼ばれたオルデコフ侯爵と言うのが彼女の名と身分。


 そして、人間、エルフ、獣人の男女などからなる、オルデコフの持つ侯爵領の侯爵領地軍の兵。

 しかしだ、その領地兵たちは皆一様に。その手に構えた銃火器を、ないし魔法発動に備えた腕を、最もの主たる女王サーティエに向けているのだ。

 本来ならば、あってはならない光景。


「ご理解いただけなかったかしら、女王陛下。もう一度言いますわ、貴方には私共の縛についていただきます」


 そしてその中心にあるオルデコフは、サーティエの冷酷な圧に少し気圧される色を見せつつも。虚勢による傲慢の色でそれを隠し、そして小馬鹿にするようにサーティエに告げる。


「余の首を手土産に、海洋に頬を擦り寄せ助命でも乞うつもりか?」

「……っ、」


 それに、またつまらなそうな色で返すサーティエ。

 また多分な圧の込められたそれにオルデコフが返すは、無言をもっての肯定。


 そう、今この場で巻き起こるは――謀反。裏切りのそれ。


 このオルデコフと言う女侯爵は、サーティエとは元より犬猿の程度では収まらない仲であったが。

 王都ルーテェ陥落を目の前に、己が首にも縄の掛けられかねない状況に。オルデコフはついに暴挙にも躊躇を無くし。

 手駒たる配下の領地兵を用い。サーティエの首を手土産に、JFへの投降から己が身の保証を交渉する事を考えたのだ。


「――ハァ」


 しかし。

 そんな、己に目の前で無数の害意が向けられる状況に。さらに大きくを言えば、現在もJE各隊の手が迫りつつある状況下であると言うのに。

 サーティエはまた、つまらなそうに。大変にくだらぬものでも見たかのように、小さな溜息を吐く。

 そこには、虚勢も無理も見えず。それは実に純粋な感情から吐かれたそれであった。


「分かってはいたつもりであったが――ここまで矮小で下らぬ女狐であったとはな」


 そして、次にサーティエは。真底蔑みそして軽んじる口調で、そんな嘲笑の言葉をオルデコフに向けて降ろし吐きつけた。


「見た目美貌で誤魔化しただけの、姑息という言葉すらもったいない畜生風情であったか。いや、これでは畜生に無礼であるか」


 そして畳み掛け。変わらぬつまらない物を見下ろす目と、醒めた口調でそんな言葉を降ろして見せた。


「っ……く……くくく。愚かはどちらかしら?この状況下で、どちらに理があるかも分かっていなくて……?」


 それを受けたオルデコフは。何か堪える様子でそんな言葉を返す。

 その声色はワナワナと震え、米神には青筋が浮かび、怒りが発露する寸前なのは目に見えて明らかだ。


「頭の足りない小娘には、少々手荒な扱いとなっても「躾」としてちょうどいいかしらね……――ひっ捕らえなさいっ!!」


 そして堪え紡いでいた言葉も、しかし限界と言うように。次にはオルデコフは腕を振るい突き出し、命じる声を張り上げる。


 それを受け、両者のやり取りにたじろぎ背筋を凍らせていたオルデコフ配下の領地兵たちは。跳ね打たれるように動き、命じられるままにサーティエを捕縛すべく、掛かり向かおうとした。


「――ひれ伏せ」


 しかし。

 サーティエが小さく、しかし反して確かに響く。そんな一言を紡いだの直後。


 ゾク、と。

 領地兵達、そしてオルデコフにあっても。

 背筋に凄まじい、抗いようのない動物的本能からの恐怖、危機感が襲ったのは瞬間。


「っぅ……!!?」


 そして、次にはなんと。

 領地兵達は飛び掛かる行為を中断し、そしてオルデコフにあっても。

 全員が揃って、ガクッと膝を折り。体を折って、その頭を床に擦り付けんがまでに垂れ降ろし。

 今にサーティエが命じた言葉に従うがままのように、その場に「ひれ伏し」た。


 これはサーティエがその身に宿す、魔力と精神力の混合が成した――気迫。

 一種の、彼女の女王たる器を証明するまでの力。

 それが、オルデコフ達の本能に。サーティエが逆らえぬ、逆らってはならぬ相手と認識させ。

 強制的に膝を折り、膝まづかせたのだ。


「……ぁ……ぁ」


 逆らい難い、恐怖すら感じる圧に押さえつけられ。呼吸をも困難にしながら、その場にひれ伏せ続けるオルデコフ。


「しばらくそうしていろ――丁度、また礼儀を心得ぬ客人の訪問だ」


 そんなオルデコフや領地兵にはすでに興味は無いと言うように。サーティエは視線を少し上げ、その向こう正面。

 謁見の間の仰々しい正面扉に視線を向ける。


 ドガッ――と。

まさに叩き蹴破るそれで。謁見の間の扉が開かれたのは直後。

 そして、また姿様相の異なる複数名の者が――王城上層よりヘリボーンにより別途進入した、JE 航空宇宙隊、強襲隊の一個チームが。

 踏み込み展開してくる姿を見せた。



「――あんだこりゃッ?」


 強襲隊チーム。

 正確には、第2強襲群集団 第2偵察隊内に組まれる偵察射撃班が謁見の間に踏み込み。

 しかし先陣を担当した近接戦闘員のヒト系の隊員は、その直後に飛び込んだ光景に、まず訝しむ声を上げた。


 見えたのは、何名ものナフレリアス軍及び王国関係者と思しき人影が。雛壇上の玉座に座す少女を前に、軒並みひれ伏す光景。

 近接戦闘員始め、踏み込み展開した後にそれを見たチームの各員は。それを何かの儀式の最中かと最初は見紛えた。


「――違う、あれは謀反だッ」


 しかし、偵察射撃班を指揮するゴブリンの職儀(少佐)は。一拍を要した観察の後に、状況の実態を見抜いた。


「謀反ッ?」

「大まかな想像は付くが――ッ」


 また訝しむ声を上げた近接戦闘員に、ゴブリン職儀は返しつつもまずは優先事項があると言うように。

 機関けん銃を構え、玉座の方向へ数歩間合いを詰める。


「――こちらはJE、航空宇宙隊ですッ。其方はサーティエ女王ですねッ?あなたを確保拘束します、指示に従いなさいッ!」


 そして警戒の意識を張り詰めつつ、ゴブリン職儀はそんな指示要請の言葉をサーティエに向けて張り上げる。


「――ほう、貴官はゴブリンの士官か?太古のお伽話の伝えで聞く獰猛な在り方と異なり、今の海洋でのゴブリンは理性と敬意を合わせ備えるか」


 そのゴブリン職儀を前に。サーティエはそこまでの退屈そうな眼に、微かだが興味深そうな色を作って。そんな言葉を零す。


「今は歴史を顧みる時間とする気も、議論を交わす場を設ける気も無いッ。こちらの指示に従いなさいッ」


 そんなサーティエの言葉を突っぱねるように返しつつ。ゴブリン職儀は「抵抗をするな」と片腕を突き出すジェスチャーを見せながら、サーティエへとさらに詰め寄る。


「ふふ、少し興味をそそるが――しかし、程度は変われど無粋な客人である事には変わらぬ――」


 しかしサーテェエはと言えば、なにか怪しげな色で一声を零したかと思うと。

 次には、頬杖をついていたその片手を解き――そして小さく動かす。

 ――それが合図だった。


「――ッ!?」


 ゴブリン職尉がその異様な気配に気づく。その時には、すでに「それ」は発言を始めていた。


 まるで衝撃派が起こったかのような圧が、ドッと襲来。

 同時に、真っ赤に光る光源が発生。それが地面に、頭上に、宙空各所に。光の線として走り駆け巡り、おびただしい紋様を描いてゆく。


 高位魔術。いや、術などと小賢しいものではない。

 ただの、サーティエの備え宿す。底知れぬ魔力と精神力の単純な解放。

 それがしかし、それだけで。全てを壊し飲み込んでしまうかの如き魔力場を巨大に形成し、この謁見の間を支配してみせたのだ――

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