第3話初めてのおつかい。

郊外のその邸の建材には、高級品の天然素材が多く使われていた。人目を引くシルエットの外観や、細部まで丁寧な内装の仕上げで、妥協を許さずに建てられたこの住宅こそ豪邸と言えるだろう。家全体に一貫したコンセプトがあり、デザインの調和も感じられ、この豪邸を訪れた人々は思わずため息をついてしまうのであった。

この豪邸での豪華な食卓の前に、いかにも金持ちらしい夫婦が座っている。

夫婦ともに年は重ねているが金に糸目をつけない洋服やエステのおかげで、美しい容貌とスタイルを保っていた。

フルオーダーのキッチンでは、シェフが明日の準備に取り掛かっている。

「ねえ、私達、あの子を甘やかし過ぎたんじゃないかしら?。」

「そうかも知れないな。どうしたら良いんだろう。」

「やっぱりこういう時は『可愛い子には旅をさせろ。』よ。」

「一体何をさせるんだい?。」

「コレよ。この広告を見た?」

「ああ。『妖怪レンタル彼?彼女。今月も数十カップルがゴールイン』だろ?。」

「コレよ。これで『初めてのおつかい』をするの。」

「そうか。それはいい。では、明日、さっそく。」

「じゃあ、前祝いに乾杯しましょう。」

夫婦は幸せそうに赤ワインを飲んだ。


次の日、母親は息子を呼んだ。

「翼くん。ママ、お願いがあるの。」

三十歳の誕生日を目前にひかえた息子は不思議そうに聞き返した。

「どうしたの?。急にお願いなんて言って。」

「ここに行ってママに義理の娘をプレゼントして欲しいの。」

母親が示したのは『妖怪レンタル彼?彼女。今月も数十カップルがゴールイン』という広告だった。

「妖怪の女の子の養子が欲しいの?。」

「違うわよ。翼くんの妖怪のお嫁さんをママは欲しいの。」

「僕の妖怪?。」

「違うわ。翼くんに妖怪と結婚して欲しいの。」

「なんで、僕、妖怪と結婚するの?。」

「だって、翼くん、人間の女の人に興味ないでしょ?。」

「それは、そうだよ。だって、怖いもん。」

「妖怪の女の子は優しくて、働き者で、長生きなのよ。パパとママが死んじゃったら翼くん一人ぼっちになっちゃうのよ。」

「一人ぼっちは嫌だな。」

「そうでしょ。だから、妖怪レンタル彼女の中から、お嫁さんになってくれる子を探してちょうだい。」

「どうすればいいの?、ママ。」

「翼ちゃんの好みの娘を片っ端からレンタルして、プロポーズしていくの。」

「でも、断られたら?。」

「次の娘をレンタルしてプロポーズする。プロポーズをOKしてくれる娘が現れるまで、それを繰り返せばいいの。だって、うちはお金持ちなんですもの。」

「そうだね、ママ。僕、頑張るよ。」

「偉いわ。ひとりで行ける?。」

「うん。僕、頑張って一人で行ってくる。」

翼の兵維持を聞いて、母親はそこに崩れて泣き始めた。

「偉いわ、翼くん。一人でコンビニにも行った事がなかったのに。成長したのね。ママ、嬉しいわ。」

翼はドアを開き、庭に出て、車庫に向かった。

「大石さん、『妖怪レンタル彼?彼女。』のショップに行きたいんだけど。」

ベンツを磨いていた運転手に声をかけた。

「はい、お送りします。どうぞ。」

運転手が後部座席のドアを開け、翼はベンツに乗り込んだ。

『妖怪レンタル彼?彼女。』のショップの駐車場に着くと、

「私も同行いたしましょうか?。」

運転手は翼に尋ねた。

「ううん。一人で行くよ。ママに一人で行くって約束したんだ。」

「解りました。坊ちゃん。成長なされましたね。」

運転手が目頭を押さえた。

翼は一人で頑張って店内に入って行った。

「いらっしゃいませ。」

若い優しそうな女性の店員が挨拶をした。

「はあ。」

硬直してなにも言わない翼を見て、その店員は奥から別の店員を呼んできた。

初老のふくよかな女性店員は、優しく翼に向かって声をかけた。

「どうなさいました?。お客様。」

翼はやっと話す決心をした。

「ママが『妖怪レンタル彼女の中から、お嫁さんになってくれる子を探してちょうだい。』って言ったんだ。『好みの娘を片っ端からレンタルして、プロポーズしていって、プロポーズをOKしてくれる娘が現れるまで、それを繰り返せ。』って。」

翼の言葉を聞いても初老の店員は驚いたりしない、何故なら彼女は長い人生でいろんな人を見てきた経験があったから。

「わかりました。どのような女性が好みですか?。」

「全然解らないんだ。」

「このカタログの中から選べませんか?。」

翼はカタログをゆっくりと眺めた。

「ごめんなさい。選べません。」

翼にはどの娘がいいのかまるで解らない。

「解りました。では、この書類にご記入願います。後、お客様のお姿を少しビデオに撮らせていただいて、女性の妖怪たちの方から、立候補させていただきます。」


次の日、翼は運転手に送られて、西部秩父駅で待っていた。

5分もたたないうちに、美しい女性がやって来た。

彼女が翼と付き合うことを希望した妖怪だった。

「お待たせしてごめんなさい。私、紅葉といいます。秩父観光情報館で配布される聖地巡礼マップを貰ってきました。」

それを聞いて翼は目を輝かせた。

「凄い。「あの花」の聖地巡礼をするんですか?。」

翼は「あの花」オタクであった。

「ええ、「超平和バスターズ」が過ごした道を自転車で巡ることができますよ。自転車をレンタルします?。」

「はい。妖怪レンタル彼女とレンタル自転車で聖地巡礼なんて。夢みたいです。」

高揚している翼の様子を見て紅葉は嬉しそうに笑った。

西部秩父駅の屋根を横目に見ながら、二人の自転車は旧秩父橋に向かっていた。

「旧秩父橋は、アニメ「あの花」のメインビジュアルにも登場して、その古びた魅力と歴史が僕らの心を引きつけますよね。」

翼はいつになく饒舌だ。

「ほら、劇場版ポスターで使用された旧秩父橋の隣の階段です。自転車をここに停めて階段を降りてみましょう。」

「ここがメインキャラクターである「めんま」と「じんたん」が遊んでいた場所だよね。」

翼は目を輝かせてスマホで写真を撮りまくっている。

「紅葉さんも「あの花」好きなんですね。」

「私も辛い体験をしていますが、メンマちゃんの事を考えると優しくなりたいなって思います。」

「紅葉さん。僕と結婚してください。」

「でも、まだ、翼さんは私の事を何も知らないでしょ。」

「一緒にいて、こんなに楽しかった女性は初めてです。僕は紅葉さんとずっと一緒にいたい。」

「解りました。私も翼さんと結婚したいです。」

「じゃあ、今から僕の両親に会ってください。」

二人は自転車を返却し、運転手と合流し、翼の自宅向かった。

連絡を受けて待っていた二人は、翼が美しい紅葉と結婚をするという報告を聞いて大喜び。

「今日はお祝いよ。とっておきの年代物のシャンパンを開けましょう。シェフにパーティ料理を出すように伝えてちょうだい。」

豪邸の夜は四人の笑い声でふけていく。

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