月が綺麗ですねと言いたくなる話
梓かがり
月光
「今日楽しかったね、朝から遊んでもう夜になっちゃったよ」
「まさに、光陰矢の如しって感じだな」
「その諺使うにしては半日は短いでしょ」
「フッフハハッ、さすがにそのツッコミは面白いって、今日一かもしれない」
たまに出てくる拾いずらいボケを完璧に拾ってもらいながら適当に会話を広げる
今日一日様々な場所を巡り、満足した2人は楽しかった今日の余韻に浸りながら日没後の薄明の空の下、ついたばかりの街頭に照らされながら歩く。
そのゆったりとした足取りは名残惜しい気持ちの表れのようだった。
彼らが知り合ったのは一年ほど前で、2人の親友同士が付き合うこととなり、自然と2人は顔を合わせるようになった。最初は彼氏の友達・彼女の友達でしかなかったが4人で遊んでだり、やり取りを繰り返す中で次第に心を許し、この日漸く2人で過ごす機会が訪れていた。
親友のカップルからは鈍感系主人公が揃ってしまった一例なんて裏で言われている。
2人はしばらくら歩いた後、言葉が途切れ静寂が訪れた。
そしてその静寂を破ったのは──
「ねぇ、優くん」
どこか緊張が見える彼女の呼びかけだった。
「ん?どうした梓」
その呼びかけに答える彼は何とはなしに彼女に振り向き足を止めた。
2人が立ち止まったそこは公園脇の道、公園内にある大きな2本の木の間から雲を薄ら被った月が闇夜を淡い光で照らしているのがみてわかる。
優は緊張している彼女をじっと見つめ次の言葉を待った。その様子に何か思うところがあったのか、ただ待つのをやめ、ちょっかいをかけてはやめなさいと諭されて数回。
言いたいことがまとまった彼女は口を開いた。
「今日はありがとね誘いに乗ってくれて初めて2人で遊んだけどすっごく楽しかった。」
「俺も梓と2人で遊べて楽しかった、誘ってくれてありがと。なんか、改まって感謝されるの恥ずかしいね」
至って平然に返事をする彼は気持ち顔を下げた
「ふふっ、こっちだって恥ずかしいんだから…勘弁なさい、、、」
顔が赤くなってきたのが分かる。思わず顔を逸らし、口調も変になり声も弱々しくなってしまった。
「顔赤くなってるよ、そんなに恥ずかしかった?」
少しニヤニヤした顔で茶化してくる優。
「う、うるさいっ!そういうことはわかっても無視するのっ、女子に嫌われるよ!」
(優が態々梓と2人でなんて言うから余計によ!もう)
折角気持ちを整えたのが無に帰した
彼女は顔を更に真っ赤にしながら睨みをきかせて怒るが実際はただの照れ隠しでしかなかった。
梓は正確にツッコミを入れ、毎回お手本のようなリアクションを素でやるためよく優に茶化されてしまう。その事に本人は気付かず、彼がただ揶揄うのが大好きな奴だと思ってる。
「なら梓は俺のこと嫌いになる?」
そんな半分誤った認識をされている優はさらに梓の乱れた心に追い討ちをかけた。
「え、そ、それはその、嫌いになるような人ならこうして一緒に遊んだりするわけないでしょ?」
「つまり?」
優はドSである。
「だ、だからそんくらいで優のこと嫌いになるわけないって言ってんの!どれだけ揶揄われてきたと思ってるの?今更よ、バカっ」
見事なツンデレである。
「ごめんごめん、揶揄いすぎたよ」
引き際はわかっているドS
「わかれば良いよ、わかれば、はぁ。一番言いたかった事まだ言えてないのに、この流れで言いたくないなぁ」
最初が良い雰囲気だっただけに割と普通に落ち込んでしまった。
謝るのは何か違うなと思った優はさっきとは打って変わって真剣な口調で話しかけ、空気を変えた。
「なら、俺も言いたいことあるから俺からいいか?」
「ん、いいよ。でも次は私だから」
優の言葉と口調から最初とは別の、しかし、大事な事を伝えるには絶好の雰囲気になったことを感じとった。
この時見えた月は雲は被っておらず綺麗な満月が空に描かれ、二本の木がそれを飾っていた。
月光が降り注ぎ2人を照らす。
「俺、梓のことを愛してる大好きなんだ、だからさ結婚を前提に付き合って欲しい、いや、結婚したい。しよ。」
好きよりも先に愛してるがくるのはなんとも優らしい、そしてただの告白でおわらずプロポーズまでしてしまうのは彼の性格を如実に表していた。
梓はすぐに声を出すことができなかった。自分が言おうとしたことを彼の方から言われるとは微塵も思っていなかったのもある。嬉しすぎて言葉につまったのもある。
しかしそれよりもーー
「ずるい!!!私も好きなの!結婚するから!!でも、私が先言おうとしてたのに、くやしぃ!しかも平然と言ってのけたのが腹立たしい!それに、よ!私ずっとアピールしてるのに全然態度かわらないから片想いだとばかり思ってた。私の覚悟をか、え、せ!『アハハごめんて、はいはい、殴るな殴るな』」
「たまには私からカッコ良く決めたかった」プイッ
梓は癖のある告白とプロポーズだとわかっていたがそこにはつっこまず純粋に受け入れた。だが、せめて告白くらい自分から言いたかったのだ。
彼に返事をしながら文句を言い軽く胸を叩いてくる梓を彼はそっと抱きしめ優しく髪をすくように撫で、落ち着かせた。
その手つきはあまりに心地よいもので温かい。
「俺も、ついさっきまで片想いだと思ってたんだよ。頭撫でたり間接キスしたり他にも腕組んだりとかしてもさ、一番反応するのは俺がわざと指摘して面白がるときで、それをすること自体は友達のそれと変わらなかったから。
けど、何かを伝えようとしたさっきの梓をみて両想いを疑った、次の揶揄いで確信した、内心必死だったよ。先に告白されたらきっと顔に出ちゃうし、冷静にはなれなかったと思う。態度に出さないだけでちゃんといつもドキドキしてるし、梓に照れてる姿見られるのは、その、恥ずか…しい、からさ、だから今は上を向かないでほしいかな…」
梓は優の言葉に全ての意識が持っていかれた。
え、何、つまり彼は自分が照れるのが恥ずかしいからわざと揶揄ったり話を逸らすことがあって現在まさにそうであると?
恥ずかしがる姿ないし照れてる様子をあまり見なかったのは見せないようにしていたからと?
梓はさらに気づいてしまった。
もしかして私が今ハグされてるのも照れ隠しの意味もあったりして、、、
そんな優の可愛い一面に思わず笑顔になり、形容し難い幸福感が心の底から湧き上がる。
そして、気づけば顔を上げていた。
視線の先に見えたのは顔真っ赤にしながらうっとりと薄く微笑んで私を見つめている彼がいた。
梓はこの瞬間見たものを一生忘れることはないだろう、それほどの衝撃だった。
その中性的で男らしくもあり、艶やかな顔立ちから放たれるあまりに扇状的な表情をした顔は梓の理性を飛ばすには充分だった。
身体が勝手に動きだす。
頭ひとつ小さな影が伸び、2人の顔が重なる。
一つとなった人影は次第に二つとなるが手は繋がったままだ。
「ねぇ、私まだ一緒にいたい」
「それじゃ、近くのコンビニでお酒でも買おっか」
「ね、優、ちゃんと幸せにしてね?」
「言われなくてもそのつもりだ、愛してるからな」
「ふふ、私も愛してる」
それからもう一度影が重なった後、寄り添う二つの影は舞台から降りるように闇に溶けていった。
その消えゆく様からは名残惜しいさを微塵も感じとれなかった。
2人が去っただけで何も変わってないはずのそこは、何故か何の変哲もないただの景観の一部としか感じることはできない、初めからずっとそうであったかのように。
しかし、その場所は確かに美しく、幻想的であったのだ。それは何を意味するのか、きっと誰にもわからないだろう。
曰く、『残った舞台に照らすは街頭、月光は儚く、ただの道、しかし、上がるものあれば夢幻に導き、現を照らす、それは幸の道標、福の導なり。』と。
月が綺麗ですねと言いたくなる話 梓かがり @kagari_piyopiyo
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