第38話 予言者の幽体離脱

サンティティが父の所業にショックを受け、塞ぎ込んでしまっている頃、レイナーは歩き続けていた。


特に目的があるわけではないが、誰かに呼ばれている気がして、ずっとオムニ・ジェネシスの奥の方へと進んでいく。


ディアボロの亡骸まで辿り着くと、どうも不思議な感覚に襲われた。


まるで現実世界ではないような、そんな感覚…


しかしそれも、ディアボロの亡骸のあり得ないサイズのせいではないかと思い、これを迂回して回る。


ノアが一刀両断した本体はドクター・ムニエルの分析のために持っていかれたが、本体の青い欠片が地面に落ちていた。


なんとなくレイナーがそれを拾った瞬間、彼は倒れた。



⭐︎⭐︎⭐︎



気がつくと、レイナーは見慣れない風景の中、ぼんやりとしながら座っていた。(こ、これは、夢の中だ!?)何度も予知夢に悩まされたレイナーは自信を持ってこう考えたが、普段よりもやけに現実感があって、レイナーは警戒した。


(一体今度は何だっていうんだよ。もう人類滅亡とかはやめてくれよ〜)


レイナーは自分の身体が透明になっていることに気づき、更に驚いた。


(なんだ!?夢の世界じゃないのか?何なんだ?)


周りには、多くの幾何学的な形の巨大構造物があった。丸、三角、四角、といった形を組み合わせたようなものばかりで、ブロックの世界にでも入り込んでしまった気持ちになった。


近くに来ると、それが何かの建物であることがわかった。さらに近づくと、自動的に一部が開き、入れるようになった。


(そ、相当な文明だぞ、これは。)


レイナーは感心した。中に入ると、今度は見たこともない生物が多数歩いている。


二足歩行で手も二本あるようだが、膝と肘から触手のようなものが出ている。身長は人間と比べたら少し低いようだ。


皮膚かと思われた部位は個体によって違うところを見ると、服を着ているようで、唯一顔と手首部分だけが露出しているようだった。


露出部分はプルプルしていてゼリーのような質感を思わせた。肌がぷるぷるしているのだろう。


(軟体生物・・・?なのかな?)


レイナーは、その生物をマジマジと観察する。

どうやらレイナーの姿は見えていないらしい。


顔は…ちょっとだけ人間に近いかもしれない。目は大きく二つ付いていて、正中線に沿って顔の数カ所に穴が空いている。恐らく、鼻や口の類であるだろう。


(なんか、可愛らしい生物だな。)


レイナーは、この生物を観察しながら、なぜかこの生物は宇宙のどこかに存在するという確信を持つに至った。


そして、この生物が何かしらの宇宙の物理法則の悪戯的な結果を経て人類と相似て非なるといったような文明を持っていることも直感した。


(宇宙において似たような環境下で知性を持つようになった存在は、構造が似たようなものになるのかもな。)


レイナーは考えた。


(肉体を電磁場で保っている俺たちは、結局は安定した状態を求めて動き続けている。それはすなわち、常に朽ちぬように動いてきた結果だ。そこにはなんの意図もなく、ただの偶然の繰り返しの産物であったのかもしれない。朽ちたくないものの集合体である肉体が朽ちぬように動くのは、当然のこと。だから、生き残るための最善の形態が、似たようなものになってもおかしくないじゃあないか。)


頭の中でこのような結論に至ったレイナーは、まるで映画を観ているような臨場感をもってその場に佇む。


特に何をするでもない。

誰かが俺に見て欲しいのだろう、とぐらいにしか考えていなかった。

ダテにもう何度も予知夢を見ていない。


そうして観察する中、男の目を引く個体の存在を見つける。その個体は、明らか

に少し他とは違うとの印象を受けた。何よりも、無駄な動きが多くて表情が豊かだ。

喜怒哀楽が手に取るようにわかる気がした。


(ふふ、可愛いのがいるな。)


この個体はとある別の個体をちょろちょろと覗き見するように、時に恨めしそうに見ている。見られている個体が視線の方向を向きそうになると、目を思いっきり逸ら

して別の方向を見る。


(見ているのは、恐らくメスか。分かりやすいやつだな〜。あの坊やの発情期ってとこか。それにしても、見てるこっちが恥ずかしくなるようなシャイっぷりだな。)


男は興味深く観察する。


【イッチ、何をしている。】


声が聞こえてくる。物理的な音ではない、頭に直接響いてくるような感覚だ。


(あのシャイボーイはイッチっていうのか。)


レイナーは名前を覚える。


【い、いや、なんでもないよ。】


後ろから自分より少し大きな個体に話しかけられてイッチは明らかに焦っているようだった。


【……見ていたのは、エリーナだな。何度も君が同じことをするのを見かけた

が、性的興奮かい?君の存在は、相変わらず理解に苦しむ。エリーナは精神障害

を抱える君の性欲処理に合意することはないであろう。】


イッチはしゅんっとしてしまう。


(やろう、なんだいきなり偉そうに。そんなこと、なんでお前に分かるんだよ。)


レイナーはいきなり出てきた個体に難癖をつけた。


【君は彼女の興味の対象となるためのステータスを持たない。それなのになぜ無駄に時間を浪費する。理解に苦しむ。希望を持っているなら、なぜさっさと交尾を頼まないのだ。理由を手短に教えてくれ。私の好奇心を満たすために。】


【な、なんでタインにそんなこと教えなきゃいけないんだ。】


イッチは顔を赤くして返事をする。


【ふむ、私が君にこれを聞く理由は社会貢献度ポイントの蓄積のためだ。言うまでもなく、社会に新たな叡智を追加した者のポイントは高い。だから、君のような不可解な行動原理を持つ精神障害者の研究をしている。でなければ君に話しかけることはない。】


(なんだあこいつ、気持ち悪いやつだなあ。)


レイナーはさっきからこのタインという個体の言っていることが気に入らなかった。


【さあ、私の理由はこうである。君がコソコソとエリーナを眺めているだけの理由

と、なぜ「なんでもない」などという嘘をつく必要のあったのか、教えておくれ。】


タインはそういうと今度は黙ってイッチの返事を待つ。


(こいつ、イッチの感情が分からねえのかよ。そもそも、精神障害者とか言ってるけど、俺からすればイッチはただの色気付いた締まらねえガキで、精神障害なのはお前の方だって言いたいぜ。)


【僕も、よく分からない。】


イッチがやっとのことで答える。


【…ふむ、精神障害者は、自らの行動を説明する言語を持たないということ

だな。これはこれで興味深い。これ以上聞くことはない。】


そういうと、タインはスタスタと歩いて離れていった。

イッチが振り返ると、すでにエリーナの姿はなかった。


イッチの独り言がレイナーに聞こえてくる。


【僕は、僕は、知ってるんだ。エリーナも本当は精神障害者なんだ。でも、それ

を隠してるんだ。学校で観賞用に飼っていた動物が事故で死んだ時、誰も見ていないところで泣いてたんだ。そして、思い出をなぞって、地面に絵を描いてたんだ。】


(うう〜ん、それが精神障害者?なの?)


【他の連中は餌の頻度を変えるべきだったとか、檻の構造に改善の余地があるとか、そういう話をする。精神障害者じゃあないなら、こうして現実的な提案をしなくちゃだめなんだ。それに、エレーナはコソコソ僕の心配をしてくれてるんだ。これも、精神障害者だからなんだ。】


(おいおい、イッチ、それは違うぞ!俺から見れば、お前がよほどまともな奴なんだ!)


レイナーはここで目が覚めた。

手には、拾った青い欠片が握られていた。


「変な世界だったな…イッチのやつ、なんか可哀想だったな…」


レイナーは独り言を言いながら、歩き続けて、第六区のコミュニティに辿り着いた。




第39話「ディアボロの謎」へと続く

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