魔王様とポピーちゃん

焼肉一番

魔王様とポピーちゃん

 初めてその存在を認識したのは一年と三ヶ月前。

 この辺を取り仕切っている魔王だ、とパキに教えてもらった。

 その姿を一目見たあたしは口では「ふぅん」と言ったけど、内心……ワクワクしていた。


 何にと言われれば簡単で、単純に見た目が気に入った。

 褐色の肌も灰色の髪も、羊みたいに渦を巻いた漆黒の角もすごくカッコ良い。

 それに魔王だなんていかしてる。


 きっとそれはパキにも気付かれていた様で、パキは魔王を見掛ける度にあたしに報告してくれた。

 あたしは感情を隠すのがうまくないし隠す理由もないので、そんな報告を受ける度に笑顔で魔王に挨拶をしに行くようになった。 


「コンニチワまおー!」


 あたしの歯は上からも下からも大きな牙が生えていて、言葉を話すのに少し邪魔に感じる。それでも一生懸命挨拶した。


「挨拶が出来て偉いな。だが腹が出ている、あまり冷やすでないぞ」


 魔王はコンニチワとは言ってくれないけど、いつも褒めてくれて、お腹を冷やすなと心配もしてくれる。あたしはそれがとても嬉しかった。


「よく来たな人族の子よ」


 でもある日、魔王がこう言った。あたしは人族じゃない。

 別に魔王があたしを人族と思おうが何だろうがどうでも良かった筈だけど、何だか嫌だなと思った。

 どうにか真実を伝えようと思ったけど、魔王は人気者で、すぐに他の子のところへ行ってしまった。それもすごく嫌だった。

 もう挨拶に行くのは止めようか、そう思って遠くから見てると、魔王は誰にでも同じ事を言っていた。 


「挨拶が出来て偉いな」

「腹を冷やすでないぞ」

「よく来たな人族の子よ」


 魔王はみんなに優しくて、だからあたしにも優しい。だけどあたしだけの言葉が欲しい。そう思った。

 思い切って、耳を隠すのをやめた。


 猪の耳。


 自分じゃ気に入ってるけど、猪の肉って美味しいんだって。襲われるかも知れないから隠してた。

 いつもワクワクして魔王のとこに行ってたけど、とてもドキドキしながら挨拶した。


「こんにちわ魔王!」


 言葉を話すのも慣れて来た。


「よく来たな……」


 あれ? 人族の子って言わない。あたしの耳を見てるみたい。


「その耳……、そなたは猪人族の子であったのか」

「……うん!」


 気付いてくれた!


「ずっと間違えておったのだな。言えば良いものを」


 今まで間違えてたとも言ってくれた! 

 適当に言ってるんじゃなくて、あの言葉もちゃんとあたしに言ってた言葉だったんだ。

 嬉しくてすぐにパキに報告した。

 パキはへぇ~良かったじゃんって言ってくれた。そっけない様だけど本当にそう思ってくれてる。

 

 それからは挨拶に行く度魔王はよく来たな猪人族の子よって言ってくれる様になった。あたしだけの言葉にすごく満たされた気持ちになった。


「パキ、また腹を冷やしおってからに」


だけど魔王がパキにそう言ってるのを見掛けてまたとても嫌な気持ちになってしまった。

 あたしにだって名前はあるのに。

 名前を呼んで欲しい。これは贅沢なのかな。


「ポピーって呼べって言えば良いじゃん」


 パキに言ったら簡単に返された。

 魔王は優しいから言ったら呼んでくれるかも知れない。だけど面倒に感じるかも知れない。そう思ったら言えなかった。


「別に言わない」


 それに猪人族はあたしだけだし、あたしをあたしと認識してくれるだけで、それだけで良い。

 だけどしばらく、魔王のところへは行かなかった。


 ここには山もあるし、川も海もある。

 

 別に魔王に会わなくても時間は潰せる。いつもは山で過ごす事が多いけど今日は海へ遊びに行こう。

……そう思ったのがいけなかった。


「あぷっ……! あぷっ……! ぷぎゅるるっ……」


 青くてキラキラして、綺麗だったのに、突然足がつかなくなってワケが分からなくなった。

 口からも鼻からも塩辛い水が入って来て苦しい。

 その時、自分がもがく水音とは違う、もっと大きな水音が近付いて来て身体がグイと引き上げられた。


「やはり猪人族の子ではないか、何をしておる」


 魔王……さま。

 魔王さま魔王さま魔王さま……!


 太陽と海の間で光る角が眩しくて、髪から滴る海水が綺麗で、あたしは魔王にしがみ付いて泣き喚いた。


「えーん魔王さまー、大好き……大好き……!」

「ふふ愛い奴め、もう大丈夫だからそう泣くでない。怖かったのか?」 


 怖くて泣いてるんじゃない。気持ちが溢れてどうしようもないだけ。


「魔王様に全部あげたい」

「ほう、ポピーちゃんももうそんな事を言える様になったのか」


 名前を呼ばれて胸が弾んだ。


「どうして、名前……」

「我が名付けたのだ、当然であろう?」


 あたしの名前は、魔王がくれた?


『貴様の名前はポピーちゃんだ、大きく育て。なるべく我以外の者に喰われるなよ?』


 そう言って魔王にここへ放された遠い記憶を思い出した。


 ここは魔王の食糧庫、種族豊富で自由な飼育。

 食べ物は話し掛けると美味しくなる。グルメな魔王はせっせと食糧庫に顔を出してあたし達に話し掛けてたんだ。


 ああ、そっか、そっかぁ。あたしはずっと魔王のものだったんだ。 


 嬉しい! 


「それにしてもだいぶ塩味が付いてしまったではないか。塩分の摂り過ぎは好ましくない。我も歳だからな。よーく洗うぞ」

「はい!」


 あたしは今日、魔王の食糧庫から、食卓へと運ばれる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王様とポピーちゃん 焼肉一番 @kisaragi-inoko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画