少女彷徨うは本の森

及川稜夏

第1話

 少女が1人、本の森を当てもなく歩く。

 彼女は黒茶の髪と少し灰色がかった目をしていた。素朴な色合いの服を着た、どこにでもいるような少女である。だが、少女は意志の強い目をしていた。

 少女の目の前にすっと影が伸びる。

「何か、お探しですか」

 1人の真面目そうな女性が少女に声をかけた。女性はどうやらここの職員のようだった。

 少女はすこしだけ、どこかで会ったことのあるような既視感を覚えたが思い出すことはできない。

「いいえ。 私はただ、ここがどこなのかを知りたいだけなのです」

 少女の声は冷静だった。


「ここは、ただの図書館ですよ。 気になる本を探してみてはいかがですか」

「そうではなくて……」

「いいえ、ここは図書館です」

 少女は職員の態度が今ひとつ気に入らないようなそぶりを見せた。

 だが、すぐに言われた通りに本の森をかき分け始める。


 本が木のように積まれたそれを1つ2つと避けて進んでいく。

 少女は焦燥感に駆られ次第に走り始める。積まれた本をはたき落とすように崩してゆく。

 やがて、少女は1冊の本を見つけた。それだけは、どうしても読まなければならないと確信していた。


 恐る恐る、少女はページをめくる。

 それはどこまでも平凡で、どこまでも特別な1人の女の子の物語。幸せで、暖かな日常の物語。

 少女がページをめくる。

 女の子と家族とのひと時、誕生日会、学校、青春。びっしりと詰め込まれた数々の思い出。

 やがて女の子がバスに乗る場面までやって来た。

 バスが大きな衝撃を受ける。街が燃える。空が赤く染まる。意識が落ちる直前に、大きなトカゲのようなものを見る。

 それはこれまでに見たことのない生き物で、全ての元凶ではなかったか。


 めくる。

 白紙になっている。

 印刷の間違いか何かだろうと少女はページをめくる。

 また白紙。

 めくって白紙。めくって白紙。めくって白紙めくって白紙。めくってめくってめくってめくってめくってめくってめくってめくってめくってめくってめくって。

 半分以上が何も書かれていない。

 少女は、1つの可能性に思い当たる。


「思い、出しましたか」

 後ろからかけられた職員の声で、少女は顔を上げた。

「ええ、もちろん」

 少女は立ち上がる。

「私は、ここにいるべきではないのですね」

 お辞儀をして、少女は職員に背を向けた。

「私は、生き抜いてみせます。 お母さん」

 少女の声は震えていた。


 少女が去っていく姿を職員は眺める。

「フレイア。 あなたは、ここに来るには早すぎる。 どうか、まだ……」

 記憶の図書館の職員。彼女の呟きを聴くものはただの1人もいない。

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