旅路
まだ六月だというのに、山越えは雪との戦いだった。自動小銃を持った
祖父が男たちに何度も礼を言う姿を、後ろから何とはなしに眺めていた。よくよく聞くと、男たちは一切礼を受け取ろうとしないのだった。そんなことよりもうすぐ峠だ、足を滑らせないでくれよと。功徳を積むことは彼らにとって、呼吸と同じくらい当たり前のことらしい。
祖父は茶葉を、私は
かつて
大気を切り裂く爆音が耳をつんざく。明らかにジェットエンジンの音だ。
男たちの吐息が荒くなる。ヤクの一頭が悲鳴のような鳴き声をあげた。
それでも進める道は一本しかない。時たま天を仰ぎながら一行は再び歩み出した。また新たな爆発音がどこかで響く。雲の上も下も戦場だ、と思う。世界がこのまま真っ白になっていくような気がする。ふと背後を振り返らなければ、ずっとそう思い続けていたかもしれない。
垂れ込めた雲を突き破って、それは現れた。最初、それは鳥のように見えた。だが火を吐く鳥などこの世にいるのだろうか、とぼんやりと疑問を浮かべた時には炎上する戦闘機が間近まで迫っていた。逃げろ! と、誰かが叫ぶ。前触れもなく祖父に手首を掴まれて雪原にのめり込んだ直後、灰色の巨体が私たちの頭上を掠めた。
数秒で気がつく。口に入った雪を吐き出して、生まれたての子鹿のような足取りで立ち上がる。
顔を拭って目を開けると、炎が霞んで見えた。その傍にそびえる二つの尾翼——怪我はないかと、祖父が声をかけてくる。親指を立てて答えてから、目をこする。炎がくっきりと見えて、雪原に散らばった残骸も視界に入った。飛行機に疎い私にも、それがなんであるかは一目で分かった。先頭を歩いていた男が大きく両手を振っている。早く手伝いに来てくれと、しきりに叫んでいる。
その叫び声が聞こえる前から、体は勝手に動いていた。途中で荷を降ろして駆け足になる。男のそばも通りすぎて、はっきりとそれを見た。流線形の胴体の先、ひび割れた風防の下、血に染まったヘルメット──突然腰の力が抜けて、膝から雪に突っ込んだ。
救助部隊のヘリが飛んでくるまで、雪はしんしんと降り続けていた。
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