第13話

「私がこの村長ですじゃ」


 暖炉の周りに幾つかのソファと椅子が並べられ、少し大きなテーブルが手前に置かれている。さらに壁には文字は読めないが子供達がおそらく子供達が読むであろう絵がデカデカと描かれた本が並べられた本棚が置いてある部屋。

 シシーナとキャツサが風呂に向かってからしばらくしてメークルが連れてきた老人は部屋に入るなりそう告げた。

 顔は白い眉と髭でほとんど隠れてしまって腰もほとんど直角に折れ曲がった老人だ。


「ボクは勇者をさせていただいているカンナギ・アキラです。こっちにいるのは仲間のシュテン・イブキです」


 イブキがぺこりと頭を下げると、メークルが用意したお茶が置かれている席に座ろうと村長が膝を曲げる。


「ハガ!?」


 すると、周りにいる誰もが聞こえる様な骨折音を上げて村長は歪な体制を取る。


「そ、村長!?」


 メークルが村長に近づくと、痛みに耐えながら村長が口を開く。


「こ、こし………」

「腰?ギックリ腰ですか!」


 プルプルと立ち尽くす村長とあわあわとそれを眺めるメークル。


「イブキ」


 そんな状況にアキラはイブキの名を呼ぶ。


「わかってるよ」


 すると、イブキは村長に近づいて村長の腰の高さ程に膝をつく。そのままイブキは村長の腰に向かって手をかざす。


「呪文はいらないよ。ただ心の中で念じるだけ」


 言われるがままにイブキが『治れ!』と心の中で祈ると、手から緑の光の波紋が村長の腰目掛けて流れていく。

 すると、苦悶で歪んでいた村長の顔は見る見ると安らかな物となり、直角に折れ曲がった腰も一直線へと戻っていく。


「ふぉ、ふぉぉぉぉぉ!!!なんだか腰痛が治ってきましたわい!これなら久しぶりに遊郭でカンダラちゃんと一発しけこむことも────」


 次の瞬間、スパンと気持ちのいい音をメークルの手により奏でられた村長の額が机に衝突する。


「もー、村長。今はそんな事よりも大事な話がありますよね?ねぇ?」


 目を細めながら呟かれた最後のねぇにイブキとアキラは底知れぬ恐怖を感じる。

 実は目の前にいるシスターこそが本当の村長なのではないのか、とさえ思う中、村長は叩かれた頭を押さえながら席に着く。

 それを見たイブキとアキラもまた席に着く。


「事情は概ねメークルさんから聞いています。今回の依頼は盗賊退治ですよね?」


 アキラの質問に村長は小さく首を縦に振る。


「魔王ベルフェゴールにより村の若いモンは殆ど命を落としました。彼らの亡骸も、絡繰兵が持っていきよりました」


 彼らにとっては思い出したくもない記憶なのだろう。ゆっくりと語っていく村長の顔はギックリ腰の時よりも更に歪み、メークルも下唇を噛み締めている。


「貴方様方により、魔王ベルフェゴールは倒され、村にも平穏が戻った、と村の誰もがそう思っておりました」


 村長は目の前のお茶が注がれたカップを片手で持ち、グイッと喉に通していく。

 ゆっくりとカップを元の位置に戻して、一息ついてから再び口を開く。


「しかし、こう言う物の終わりには、総じてハイエナの様な輩が現れるのです」


 ハイエナ………、とイブキは心の中で呟く。

 この世界にも元の世界と同じ動物が存在する事を確認しながらイブキは話の続きに耳を傾ける。


「二日前、突如現れた奴らは魔王の侵攻によって抵抗する力も気力も削がれた我々にこう告げました。『命が惜しいならば一週間以内に有金と食料を全て集めて寄越せ』と」

「その要求をどうされたんですか?」

「勿論、応じておりません。既に村の食料も資金も我々が生きるのでいっぱいいっぱいの物しかないのです」


 イブキはチラッとアキラの顔を伺った。真剣な眼差しで村長とメークルを見ている。

 そのままアキラは窓の向こうで無邪気に遊んでいる子供達に視線を向ける。

 そして、数秒の後にアキラは深く息を吐いて口を開いた。


「わかりました。その依頼、ボク達が引き受けます」


 その返答に村長とメークルの顔が先程とは打って変わって明るくなる。


「おぉ………!ありがとうございます!こうしては居れん!急いで歓迎の準備をせねば!」


 村長は席を立つと駆け足気味に宿舎を出る。とても先ほどまで腰を直角に曲げていた人物と同一人物には見えない。


「村の皆んなだけでいっぱいいっぱいだって言ってたから無理しなくていいのに………」


 村長の背を窓から眺めながらアキラがボソリと呟いた。


「無理をさせて下さい。それだけ勇者様が依頼を受けてくれた事が嬉しかったんです」

「そんなものかなぁ………」


 うーん、と唸りながらイブキは眉を顰めるのだった。


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