第10話

 さて、旅をすると纏まったアキラ達勇者パーティではあったが、その為には準備が必要である。

 特にイブキの装備だ。街の外では危険が多い。だからこの世界の人々は産まれてからの殆どを産まれた街で暮らすしどうしても街を出なければいけない時は冒険者ギルドに依頼を出して護衛を雇う。

 そんな危険地帯だからこそアキラに余念は無かった。それがイブキが装備する物となったら尚更だ。


「イブキにはあんまり危ない事してほしく無いんだけど一人の時にモンスターに襲われたら大変だからね。この短剣なんてどう?持ちやすいし振りやすいよ」


 南門に続く大通りにある鍛冶屋に並べられた剣を見ながらアキラはイブキに手に取った短剣を渡す。

 刃物なんて包丁以外に持ったことの無いイブキは短剣のずっしりとした重さを感じながら刃をマジマジと見る。


「短剣でもこんなに重いんだな」

「短剣だからこんな重さで済んでるんだよ?」


 アキラに訂正されながらイブキは自分なりに短剣を構えて振り抜く。

 イブキ自身も不恰好だとは思ったが、それとは裏腹にアキラの賞賛の拍手が聞こえてくる。


「初めてにしては上出来だよ!オジさんこれお願いします」

「あいよ」


 奥で二人のやり取りをカウンターの奥の椅子から眺めていた怖面の男が立ち上がる。

 俺から短剣を受け取ったアキラはその短剣をカウンターへと置く。


「後は防具も揃えておこう!」

「ちょ!」


 防具が並べられている方へと向かうアキラを見てイブキは呼び止める。


「流石に悪いって!こう言うのすごく高いだろ?」


 チラリとイブキは飾られた防具の一つに付いた値札を見て顔を青くする。

 気が遠くなるほどの値段。他のものを見ても0が後ろに五つはついている。


「別にいいよ。イブキの安全のためだし。それにお金なら勇者としての活動費として国王陛下に毎月貰ってるし」


 防具をじっくりと吟味しているアキラにイブキは押し黙る。


「うん!ありきたりだけどこう言うのが良いかも!」


 そう言ってアキラが取り出してきたのはアキラとは対照的な黒を基調とした大鎧だった。

 アキラが少し身体を揺らすだけで大鎧はガシャガシャと大きな音を立てる。


「うーん!もちょっと大人しめの防具が良いかなぁ俺は!」

「えー?じゃあイブキはどんなのがいいのさ?」


 アキラの問いにイブキは唸りながらステータスのウィンドウを開く。

 そのウィンドウのスキル欄に書かれた受胎告知ガブリエルを軽く指で叩くと、今度は最初のウィンドウの三分の一程度の大きさのウィンドウが表示される。


「ボクが教えたウィンドウだね?」


 そのウィンドウに表示されているのはイブキが将来使えるようになる幾つかの魔法の名前。これらはレベルが上がった時に貰えるスキルポイントで解放できる。


「雷の属性魔法、回復魔法、後はバフ魔法一式………」

 

 明らかにRPGで言うところのバッファー及び回復役である後衛職のスキルである。

 ウィンドウから目を離したイブキはそれを踏まえて今もガシャガシャと音を鳴らす大鎧に視線を向ける。


「うん、やっぱその仰々しい鎧は必要ないって。キャツサさんくらいのやつがいいよ俺は」

「必要だよ!?イブキが怪我をしたらどうするのさ!?」


 イブキとアキラは睨み合う。

 

「おい」


 それを見兼ねたのか、今まで二人のやり取りをカウンターの奥で静観していた店主が二人の間に割って入る。


「二人の言い分はよく分かる。勇者様はこっちの兄ちゃんに怪我して欲しくないから重装備にしたい。んで、兄ちゃんの方は回復役ってのは速さが命だからできるだけ軽装備にしたい。違うかい?」


 店主の要約に二人が頷くと満足そうに店主は防具が並べられているコーナーへと歩き一着の防具を取り出した。

 店主が手に取ったのは軽そうな黒いローブだった。


「ローブ?」

「おっと、ただのローブじゃない」


 アキラの呟きに店主は訂正を入れる。


「サンクチュアリコクーンから取れる糸で編まれた特注品!コイツを身につけりゃあ神力、防御力、魔法耐性が軒並み上がる。値段はちと張るが、勇者様なら一括払いで問題なく払えるだろ。後は勇者様は黒に拘りがあるみたいだったから黒色のバージョンを」

「ぱ、パーフェクトだよウォルター!」

「勇者様よぉ、俺の名前はウェッポスだ」


 名前が違う事は兎も角として、客の求める物を提供できたことにいい顔を見せる店主。

 パチパチと拍手をしながら子供の様に喜ぶアキラを見ながらイブキは手を挙げる。


「その、ずっと気になってたんだけど。ローブを着るだけで本当に防御力が上がるもんなの?」


 知識としては知っていても、やはりイブキの中にある常識がそれを否定する。


「兄ちゃん………頭大丈夫かい?防御力ってのは身体に加えられた力に抵抗する力。常識だろ?」

「ご、ごめんなさい!彼ちょっと記憶喪失で常識もちょっと欠落しちゃってて」

「へー、難儀なもんだなぁ」


 怪訝そうに店主はイブキを見る。イブキも先程の説明がさっぱりわからないのか首を傾げている。


「じゃあ、さっきの短剣とローブをお願いします」

「全部で二百四十万ピクスだ」


 言われた値段に顔色を一切変えずにアキラはジャラリと重そうな袋を懐から取り出してカウンターに置く。

 店主が袋の中身の確認を始めてアキラはイブキに向き直る。


「物理の話をしようか」

「いきなり?」


 にっこり笑顔でそう告げるアキラにイブキは眉を顰める。


「簡単な話から行こう。例えば床に百グラムの錘があったとして床にかかる力は幾ら?」

「そりゃあ重さ掛ける重力加速度で九百八十Nだろ?」

「だね。じゃあその時床が錘に加える力は?」

「………九百八十N?」

「うん、正解。垂直抗力だね。防御力もそれと同じ。敵の攻撃が錘によって加えられる重力に防御力と言う垂直抗力が働くんだよ。ただ、防御力の場合は力によってが変わることがないから敵の攻撃が防御力を上回ると怪我しちゃうけどね。で、それを魔法的に上げるのが、あのローブみたいな魔法由来の素材で作られた防具」


 何となくではあるが、防御力のイメージが固まって来たイブキに中身の確認を終えたのか店主が話しかける。


「それじゃあ、袋から二百四十万ピクスちょうど今頂きますぜ」

「うん。お願いします」


 残った金の入った袋を懐に直したアキラが短剣とローブを俺に身につけさせる。


「着心地はどう?」

「悪くない。むしろ良いと思う」

「良かった!」


 イブキの感想に振り返って店主に礼をするアキラ。イブキもそれに倣って頭を下げる。

 こうして、イブキの旅の準備は整ったのであった。

 

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