第8話

 白銀の鎧を纏う美少年は吠える。普段では想像もできないほどの怒り様。

 シシーナは冷や汗を流しながら目の前の絡繰兵を斬り伏せる。

 爆発が起こって直ぐアキラとシシーナは火の手が上がる場所を目指し走り出した。体力の無いキャツサは後からの合流となり、東門に到着した二人は目を見開いた。

 街中にしては敵の数が多いのだ。しばらくの戦闘の後、一度キャツサと合流して体勢を立て直そうと大通り群がる絡繰兵を薙ぎ倒しながら進んでいた時だった。

 おそらくは敵の司令塔か何かだろう。巨大な槍を持った一際大きな絡繰兵がアキラを襲う。

 その攻撃をアキラは冷静に弾き、絡繰兵を押し退ける。

 そして、大量の血を流して倒れるイブキを視界に捕らえた。

 だいぶ距離があったシシーナでも明らかに死んでいる事がわかるほどの出血量。

 シシーナからすればこの事態は不安要素の解消にしか過ぎなかった。寧ろその傍でボロ雑巾の様に倒れるシスターの方に胸を痛めていた。

 だが、アキラは違う。

 何故だかは分からないが勇者パーティのリーダーであるアキラはイブキと言う側から見ても何の変哲もない、寧ろ欠点の方が多い少年に執着している様に見えた。

 そこからだ。普段温厚なアキラが鬼でも宿ったかの様に司令塔の絡繰兵を消し炭にし、残った絡繰兵の殲滅を始めた。

 これを好機と見たのか、民衆の避難が完了したのか、兵士達が次々とアキラの後に続き今に至る。


「おい!結界を張る魔術師はまだ来ないのか!?」


 シシーナが隣にいた兵に訊ねる。


「もうしばらくお待ち下さい!現在こちらに向かっている最中である、と」


 兵の報告にシシーナは舌打ちをする。

 人が住む街には総じて結界が張られる。それは街の外にいるモンスターなどを侵入させない為の措置。

 小さい村ならば一つの魔力水晶で事足りるのだが、首都ともなると四つ程必要になってしまう。

 この街では東西南北四つの門の中に置かれ、一日六時間の交代制で国に魔術師が水晶に魔力を流し続けている。


「キャツサの奴は何処で油を売っているんだ!」


 この結界は魔力を大量に消費すると言う事もあり、下手に一般人が魔力を流そうものならばすぐにミイラのようになって命を落とすだろう。

 任命されるものは魔力を大量に持つごく一部の魔法使いのみだ。

 そして、大量の魔力保有者には勇者パーティの魔法使いであるキャツサも当てはまる。

 この絡繰兵達は何処からともなく無尽蔵に現れる。

 おそらく何処かで誰かが召喚しているのだろう、とシシーナは辺りを付ける。

 ならば対処法は至って簡単だ。結界を張り直し、絡繰兵達を召喚させなくすればいい。


「お待たせ。待った?」

「待ったに決まってるだろ!さっさと結界を張り直しに───」


 不意に後ろから聞き慣れた声が聞こえて振り向くと、シシーナは言葉を失った。


「もう、その必要はない」


 目の前に立っていたのはキャツサだけでは無かった。

 先程血の海に倒れていたイブキとシスターのそこに居たのだ。


「な、え?貴様アンデットの類だったのか!?」

「違いますけど!?」


 開口一番にシシーナから飛び出した言葉をイブキは即座に否定する。


「話は後。とりあえず上で死んでるはずの魔術師を生き返らせる」


 ピクッとシスターの肩が揺れる。イブキはシスターを落ち着かせて反論するシシーナに視線を向ける。


「ば、バカな冗談を言っている場合か!?」

「話は後って言った」


 キャツサの言葉の圧にシシーナは押し黙る。

 もう反論は無いと考えたキャツサはスタスタと後ろの二人を連れて崩れた壁から中へと入っていく。

 それを見届けたシシーナは本当に大丈夫なのか、と暫しの葛藤の後目を見開いて叫ぶ。


「結界が戻るまで後少しだ!全員死力を尽くせ!」


 シシーナの言葉に兵士達は武器を掲げて雄叫びを上げる。

 その雄叫びは壁の中にいるイブキ達にも鮮明に聞こえていた。その雄叫びにシスターは恐る恐る口を開く。


「その、凄いですね。あの女の人」

「元々、騎士団一番槍だったからね。兵士達の信頼は厚い方だと思うよ」


 そんな人が何故勇者パーティに入ったのだろう、とイブキが疑問に思っていると不意にキャツサが立ち止まる。


「ど、どうしたんですか?」

「着いた」


 そう言うキャツサの視線をイブキは追う。結界管理室と掲げられた立て札がそこにはあった。

 すぐにキャツサが扉を開けると部屋からは異臭が漂っていた。


「貴女は入らないで」


 中で何かを見たのだろう。部屋に一歩踏み出そうとしたシスターを静止する。


「で、でも………」

「ここからは汚れ仕事を引き受ける私達の居場所」


 言っていることは半分も理解できなかったシスターだが、キャツサの圧に気圧され渋々承諾する。


「じゃあ入るよ」


 キャツサの合図と共にイブキは部屋へと飛び込む。

 その部屋は散々たる状況だった。まずイブキが目に入ったのは部屋の中央にある机の上で溢れているドロドロとした何かだ。

 近づいて見るの鼻がひん曲がる様な悪臭が強くなる。


「その人が、臭いの元凶だね」

「そうみたいですね。それよりも早く魔術師さんを───」


 探しましょう、と言い掛けてイブキは言葉を止める。

 今、部屋の扉の前で冷静に部屋の分析を行なっている魔法使いの少女はなんと言った?


「や、やだなぁ冗談キツいですよキャツサさん。このドロドロデロデロした物件がまるで人間だったみたいに」

「………そう言ったんだけど?」


 イブキは頭が痛くなる。どの様に殺せば人はこの様な形容し難い物体に変貌するのだろう。

 考えていたらって答えは出ない。


「とにかくこの人に触ってさっきみたいに蘇生させて」


 キャツサの指示にイブキは鼻を摘みながら物体を摘む。臭いが臭いなら触り心地も悪い。

 嫌そうに唸りながらイブキは物体を蘇生させるのだった。

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