第7話
目が覚める。
むくりと起き上がった少年は自身に何が起こったのか理解できずにいた。
「なんか、胸から飛び出してたよな、俺?」
ペタペタとイブキは胸を弄ってみるが何の感触もない。
今度はゆっくりと視線を落とすと、少年の簡素な白地の服には真っ赤なシミができており、その中心からは肌が見えていた。
何が起こったのか、未だに理解できないイブキだったが、今度は周りの状況を確認するために顔を上げる。
イブキとシスターを追ってきていた絡繰兵の姿がない。
「………違う」
街に上がっていた火の手もだいぶ無くなってきている。
「違う」
東門の方角ではアキラ達を筆頭に兵士達が雄叫びを上げながら絡繰兵と戦っている。
「違う!」
少年は叫ぶ。無力な少年の視線の先にあったのは絡繰兵でも、火の手でも、今も戦っているアキラ達でもない。
彼の視線の先にあったのはまるでボロ雑巾のように地面に転がる変わり果てたシスターの姿だった。
「こんな………、こんな筈じゃ」
イブキが一度出会っただけのシスターを助けに走った理由。パンをくれたから、と言うのも勿論ある。
だが、本質的には違う。この少年は人々を危機から助ける英雄的な自分を演じたかっただけなのだ。
これがアキラであったなら、シスターは死なずに済んだのかもしれない。だと言うのに力も経験もないイブキが助けに来たからシスターはこうなった。
なんて身勝手なのだろう、とイブキは自身の愚かな行動に吐き気を覚える。
「ごめん。ごめんなさい」
何度も、何度もイブキは地面に頭を擦り付けて謝罪の言葉を溢す。
何度謝ろうとも、当然少女からの返答などない。
何故自分は産まれたのか。いっそ死んでしまいたい。後悔などと言う言葉ではいい表せない自身への嫌悪。
「お、俺。自己紹介してなかったよな?」
ぽつりぽつりと、大粒の涙や鼻水と共にイブキは呟き始める。
「俺はシュテン・イブキって言うらしい。記憶喪失だから本当の事は分からないけどさ。君を、殺してしまった男の名前。ずっと恨んでくれてもいい。罵ってくれてもいい。だから、頼むから………目を開けてくれよ!」
叫ぶ。平時ならば街中何処に居ようても聞こえるような大声。
それでも少女は答えない。その結果に力なく項垂れる少年の耳にブゥンと奇妙な機械音が飛び込んだ。
この音を少年は知っている。
「ステータス………ウィンドウ?」
顔を上げ、勝手に開いたステータスウィンドウを見る。
そこにあったのは以前イブキが見たステータスのパラメーターが表示されたグラフではなかった。
『彼女を助けますか?』
たった一文が表示されたウィンドウに少年は困惑した。いったい、このウィンドウとはなんなのだろう。そんな考えすら起こしたが、すぐに振り払う。
今、イブキにとって重要なのはそんな事ではない。助けるのか、助けないのかだ。
当然、少年の答えは決まっている。
「助ける」
『今後の進路を決めかぬない選択です。本当に助けますか?』
再びウィンドウに文字が表示される。しつこい確認にイブキはイラっとしながら強い口調でウィンドウに吠える。
「今後なんざ知るか!今、俺はこの娘を助けたいんだよ!何でもいいからこの娘を助けられる力を俺に寄越しやがれ!」
次の瞬間、ウィンドウが光り眩しさのあまりイブキは腕で光を遮る。
『了承を確認しました。シュテン・イブキにスキル
それが表示されると三秒程してウィンドウが消える。
「どう、なったんだ?」
光が収まりイブキが腕を下ろすとそこには何も無かった。
イブキは自身に変化があるか身体を確認するが、特に変わった様子もない。
「ステータスオープン」
ならば、と今度はステータスのウィンドウを開く。すると見つけた。
ステータスパラメーターのグラフの横に昨晩まで無かったスキル欄が追加されている。
「
スキル欄に書かれた文字にどう言う意味だ、とイブキは首を傾げる。
しかし、横に倒れている少女を見て思い直す。意味は今に限ってはどうでもいい。これが少女を助ける力になるならばそれでいい。
「でもどうやるんだ?手でも掲げればいいのか?」
試してみるが少女に反応はない。
「回復!蘇生!生き返れ!」
気持ちを言葉に込めて言ってみても何かが起きる予兆はない。
「………何してるの?」
どうするべきか、とイブキが思い悩んでいると路地裏の方から声が聞こえてきた。
慌ててイブキが路地裏に視線を向けると、その闇の中からいかにも魔女ですと言わんばかりの格好をした少女、キャツサが現れる。
「キャツサさん………」
「それは死体でしょ?例えば正しく回復魔法が使えたとしても無意味。死人は生き返らない」
「生き返るかもしれないんです!」
「………説明して」
死人は生き返らない。当たり前の事だ。
だと言うのにキャツサはイブキのあまりにも必死な物言いに耳を傾ける。
「さっき、ステータスウィンドウに何か選択肢みたいなものが出て。俺この娘を助けたいって言ったんです」
「で?ステータスウィンドウに何てあるの?」
「その、
次の瞬間、キャツサは目を丸めてシスターに近づいていく。
「………助けられるよ」
ジロジロとシスターを見て、キャツサは一言そう言った。
「ど、どうやって!?」
「昔古文書で見た事がある。君のスキルは膨大な生命力を与えてそれを他人に分け与える能力。この娘の手を握って自分の中にある炎を分ける感じにすれば生き返るはず」
イメージばかりじゃないか!と叫びたかったが今のイブキにはその時間すら惜しい。
すぐにイブキは少女の手を握ると、目を瞑りイメージを始める。
すると、イブキは全身に暑さを感じ、手からそれが流れていく感覚を覚える。
「ん………」
少女は目を覚ます。火の手が作り出した煙が次第に無くなっていき、光が差し込んでイブキを照らす。
その姿はまるで神の使いのようだ、と少女は混濁する意識の中そう思った。
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