第6話
大通りを逃げていく人の流れに逆らいながらイブキは走る。走っている途中も逃げ惑う人の姿を見ればシスター姿の少女でないことを確認する。
既にイブキの息は絶え絶えで肺や心臓も悲鳴を上げている。
たった一度、知り合ってパンを譲ってくれた少女の為に、だ。
だいぶすれ違う人の数は減って来たが、未だにイブキはシスターの少女の姿を確認できていなかった。
ようやく東門に辿り着くとそこは地獄さながらの光景であちこちに爆発の跡が残っていた。
そんな中で息を整えながらイブキ辺りを見渡す。倒れている人も血の跡も見当たらない。
呼吸も安定してきてイブキは声を上げる。
「シスターさん!俺です!さっきパンを貰ったモンです!居るなら返事をしてください!」
イブキが叫んでも返事は返ってこない。
もう逃げたのか、そもそも本当にシスターの少女は東門に来たのかも分からない。
だが、もしもの可能性がある。アキラはその可能性が怖かった。
「おーい!居ないのか!?」
諦めずに叫び続けるが、返ってくるのは遠くから聞こえる爆発音と悲鳴だけ。
もう居ないのか、と別の場所を探そうと踵を返した時だった。
カラカラ、と東門で瓦礫が崩れて中から血まみれのイブキが探していたシスターの少女が現れたのだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
イブキは急いで少女に近付いて今にも倒れそうな少女を支える。
怪我の具合を見ようとイブキが顔を近付けて不思議なことに気付いたら。
「怪我をしてない………?」
確かに目の前のシスターは全身に血を浴びているのだが、それとは反対に傷という傷が見当たらない。
この全てが返り血と言うことに気付いてイブキは少しずつ距離を取る。
「君が………この事態を引き起こしたのか?」
恐る恐る問いかけるイブキ。しかし少女は答えない。
再びイブキは問いかける。
「その返り血は何で付いたんだ?誰の返り血だ?」
逃げたい。質問の最中、イブキが思ったことはただそれだけだった。
自分を助けたシスターを助けたい。その思いに嘘偽りはない。それでも少女がこの事態を引き起こしたかもしれない以上、イブキは答えを得るまで逃げられない。
だから少年は必死に祈る。どうか見知らぬ人間に親切にできるこの優しい少女が犯人ではないでくれ、と。
「早く答えてくれ!」
痺れを切らしたイブキが叫ぶ。すると少女は青い顔を赤い顔をした少年に向けた。
「わかり、ません」
まさかの返答だった。
どう言うことだとイブキが聞き返そうとして気付く。
ガラガラと瓦礫が崩れる音が周りから幾つも聞こえてくるのだ。何事かとイブキが周囲を見渡すと、そこにいたのは奇妙な人形の群れだった。
「なんだ、コイツら」
服や髪型、顔や体型に一つとして同じ物がない。それどころか遠目に見れば人と何一つ変わることがなく、人形だと分かるのは腕や口に付いている球体の間接だけだった。
おそらく、これが話にあった絡繰兵だとイブキ考えていると、絡繰兵の一つが歪な動きで歩き始めて腕を上げる。
慌ててイブキが少女がいる方角に飛び込みながら避けると、先程までイブキが居た地面に大きな穴が陥没していた。
「………マジか」
あのまま動かなければどうなっていたのだろうと考えていると冷や汗が止まらない。しかし、事がここまで及んでしまえば、イブキに考える余裕なんてものは存在しなかった。
急いでシスターの少女を抱き上げて絡繰兵の数が少ない方角を目指して走る。
「は、放して下さい!」
「ちょっと黙ってろ舌噛むぞ」
次第に集まってくる絡繰兵にイブキは精一杯の体当たりを喰らわせる。
それで開いた包囲の穴を少女を抱いたイブキは不恰好に駆け抜ける。
後ろを振り返ることもせずただ前を向いて走る。
「私は、もういいですから………」
「いい訳あるかぁ!おんどりゃ何勝手人生諦めようとしとんのじゃ!こちとら聞きたいことは山ほどあんぞ!」
イブキの変わったいい草にシスターはポカンとした顔でイブキを見る。咄嗟に出た言葉なのだろう。イブキに気付いた様子はない。
イブキの汗がシスターの顔に垂れる。その汗が少女の頬を垂れて口に入る。とてもしょっぱいその汗と汗に混じって流れてきた血の鉄臭さを感じかながら、少年の後ろを追う絡繰兵に視線を向ける。
動きが鈍いこともありだいぶ距離はある。
「本当に!いいんです!」
シスターがイブキの腕の中で暴れ出し、二人同時に地面に倒れ込む。
すぐにイブキは膝や肘を摩りながら起き上がるとシスターを睨みつける。
「何すんだ危ねーだろ!」
「私がやったんです!」
涙ながらに金髪の少女は告げる。
「いつもみたいに結界当番をして下さっている方々にパンの差し入れをしようと思って壁の中に入ったら、意識が遠くなって………。気付いたら人が倒れてて、外で絡繰兵が暴れてて………。だから多分、私のせいなんです」
ポロポロと、涙が溢れる。少女には、自分が何をしたのかいまいち記憶がない。
それでも、自分を取り巻く現状を見れば嫌にでも理解させられる。
「だから、もう、良いんです。死なせて下さい」
それが今の自分にできる唯一の償いである、とシスターはパンを譲っただけで助けに来てくれた少年に訴える。
ゆらり、とイブキが揺れる。その次の瞬間、イブキは再びシスターを抱き上げて走り出した。
目を丸くしたシスターが現状を理解してポカポカとイブキの胸を叩く。
「放して下さいよぉ!もう良いんですってばぁ!」
「うるっせぇ!」
鼻声のシスターに少年は叫ぶ。
「後ろ見ろ!追われてんだよ!懺悔するならテメーの神の前でしやがれ!」
少女には少年の言っていることがわからない。この騒ぎの元凶が死にたいと言っているにそれを許さずに共に逃げようとしている。
必死な形相。そこにきっと打算などはないのだろうとシスターは思う。
そんなイブキを見ていると死にたいはずなのに、こんな自分を生かしたいと思ってくれる人がいるのだ、と希望を抱いてしまう。死にたいはずなのに、少女はほんの少し、生きたいと考えてしまう。
そんな矢先だった。少女の目の前に真っ赤な棒が現れる。
治る揺れ、身体に垂れてくる赤く生暖かい液体。
「あ、あ………」
現実を理解して少女は声を失った。少女の目の前では今も心臓が脈打ち、イブキの目から光が消えていく。
イブキは数秒の後に膝から崩れ落ち、その衝撃で少女は投げ出された。
地面に倒れた少女は動く気配のない少年に手を伸ばす。しかし、それも虚しくいつの間に現れたのか、他の絡繰兵よりも一回りも二回りも大きな絡繰兵が二人の間に立ちはだかる。
その絡繰兵はイブキに刺さった棒を抜くと大きく振りかぶり今度は少女の心臓目掛けて振り下ろす。
痛みは一瞬だった。痛いと言うよりも暑いが勝る。再び痛みが襲う。これも一瞬でまた身体が熱くなる。
痛い。熱い。痛い。熱い。痛い。熱い。痛い。熱い。痛い。熱い。痛い。熱い。痛い。熱い。
何度も何度も身体を貫かれながら、許されざる罪を犯したシスターの金髪少女の命は終わりを迎えた。
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