第5話
朝食を済まし、各々が適当に過ごした昼下がり。外に出ることを(主にシシーナに)許されず、ベッドの上でゴロゴロしていたイブキがそろそろ小腹が空いたなと一階のリビングに降りてきた時の事だった。
「あれ?三人とも何処かに行くんですか?」
イブキが初めて会った時の格好で今にも出かけようと言った雰囲気を醸し出す三人だった。
「うん。昨日の件を国王陛下に報告に。イブキは記憶を失くしてまだ混乱してるだろうし今回はお留守番でいいかな?」
笑顔を浮かべながらそう聞いてくるアキラにイブキは首を縦に振る。
ちらりと他二人を見てみれば、イブキを一人置いていく事にだいぶ不満がありそうなシシーナがイブキを睨みつけていた。
対してキャッサはと言うと、心底面倒そうな顔付きで自身の杖を眺めている。
「アキラ、早く行こ。遅れると大臣達がまたグチグチうるさい」
「そうだね。それじゃあイブキ、また後でね」
三人が屋敷を出てしばらくすると馬の鳴き声と馬車が遠ざかる音が聞こえてくる。
さて、とイブキは一息吐くとそのまま屋敷の外へと駆ける。
昨晩、イブキはアキラの事を暴走機関車だと心の中で思っていたが、実の所この少年も中々の暴走機関車である。
結局のところ、イブキも異世界から召喚された一人の人間なのだ。
異世界に来たならば、自分の足で街を探索してみたいと思ってしまった。
「馬車で見た時も感じたけどやっぱ城塞都市って感じの街だな」
屋敷のある脇道を真っ直ぐ進んでいると数えられない数の人間が行き来する大通りへと出る。
大通りの端では様々な屋台が開かれていて辺りを漂う食べ物の匂いがまだ昼食を食べていないイブキの腹を刺激する。
無一文の止まぬ腹の音ほど虚しいものもないだろう。
「………帰って食い物探そ」
そう呟いて逃げるようにイブキが踵を返した時だった。
「あ、あの!」
少女の声が後ろから聞こえてイブキは足を止める。
振り返るとそこに居たのは黒い衣に身を包んみ、その腕に布を被せたバスケットを持ったシスターの金髪少女だった。
「良ければこのパンを食べて下さい」
誰だろうか、とイブキが考えているとシスターの少女がバスケットから丸いパンを一つ取り出してイブキへと差し出した。
「え、いや、悪いですよ!」
「いえいえ、困った時はお互い様です。それに貴方昨日勇者パーティに新しく入った方なんですよね?」
「え?」
まさかの発言だった。イブキは目を丸くしてどう言うことだと思考する。
「あれ?違いましたか?昨日の凱旋で一緒に馬車に乗っていらしたからてっきり」
「あ、あぁ!なるほど。実は俺今記憶を無くしていまして。アキラが言うには最初に召喚された勇者みたいなんですけど」
「それはお気の毒に。でも、勇者が二人いるなんて聞いたことありませんけど………」
だと言うのになぜ自分は周知されていないのか、と以前の自分の知名度の低さにイブキは困惑する。
普通、勇者なら噂程度にはなるものであろう。
「………あ、もしかして俺の存在って国家機密?」
遂に辿り着いたイブキの結論は明後日に吹っ飛んだ物だった。
そもそも国家機密だったとしてもある程度活動していれば都市伝説程度には噂が立つだろう。
だが、この場にその考えに至れるものは居ない。一人は本気でその考えを提唱し始め、一人はそれを信じ国家機密を知ってしまった自分の未来に涙を浮かべる。
「も、もしかして、私消されたりします?」
「………この話、無かったことにしましょうか」
「はい………」
とりあえず、これ以上の追求は野暮だと今の考えは頭の隅へと追いやったイブキが差し出されたパンに手を伸ばす。
「では、このパンはありがたくいただきますね」
「はい。貴方の将来に幸運がありますように」
互いに会釈をし反対向きに別れて、イブキは街の中央へと目指す。
そこにあるのは街の何処からでも見えるであろう荘厳な西洋の城。
「あそこに、王様が住んでるんだよな?」
イブキは未だ見ぬ王の姿に思いを馳せる。武勇を語る筋肉の塊であろうか?それともよくいる理不尽系の初老な人物なのか?
そんな事を考え、パンを頬張りながら歩いていると十分ほどで城の前に辿り着く。
そこは先ほどまでの大通りとは違い、見慣れない人が集まりガヤガヤと賑わっている。
ある者は二足歩行の獣であったり、ある者は耳が尖っていたり、またある者は腕が羽になっていたりと様々だ。
だが、少年は知識として彼らを知っていた。
「獣人!エルフ!ハーピー!異世界で定番な種族!」
興奮気味に叫ぶイブキ。どうやら旅行者らしき異種族達の喧騒に掻き消されて誰も気にするような様子はない。
そしてイブキはふと、一際人が集まっている場所を発見する。
「何かやってるのかな?」
人混みを抜けて更にイブキが前に出ればやはり何かの催しをしているのか兵士たちが人が雪崩れ込まないように全身で壁を作っている。
イブキは背を伸ばして更に奥を覗き込む。
そこにあったのは何列かに並べられた椅子に腰掛ける人達と大きな舞台だった。
「それではこれより、勇者カンナギ・アキラとその仲間達に褒賞を取らせる!」
舞台の上に立っていた冠を付けた筋肉質で初老の男が声を上げる。
彼が王である事を確認しつつ、イブキは王が呼んだ聞き覚えのある名前に舞台に立つ三人の人影に目を向ける。
そこに居たのはアキラ、シシーナ、キャッサの三人だった。
「勇者カンナギ・アキラよ、前へ」
「はい!」
王の後ろに控えていた肥満気味の男が声を上げる。するとアキラは王の前まで行き跪いた。
「此度の魔王討伐。よくぞやりきってくれた」
「いえ、これも全て陛下を含めこの国の人達が見ず知らずの異世界人であるボクに快く協力してくれたからこそ為せたことです。ボク一人ではとても不可能でした」
「謙虚な奴よ」
呆れたように呟きながら王は肥満気味の男から宝石が付いたネックレスを受け取ると跪いているアキラの首にそれをかけようと近づいて行く。
その時だった。何処からともかく爆発音が響き渡る。
「何事だ!」
肥満気味の男が尋ねるとすぐに兵士の一人が前に出て声を上げる。
「も、申し上げます!東門が破壊されて絡繰兵が街に押し寄せてきています!」
「何!?結界の担当の者は何をしていた!」
「そ、それが………。兵が確認に向かった所殺されていた、と」
「!?と、とにかく住民の避難を最優先!城を解放して避難者を受け入れろ!陛下、構いませんね?」
「うむ」
ザワザワと今までのやり取りを聞いていた聴取がざわめき立つ。
「絡繰兵って魔王ベルフェゴールが従えていた奴らだろ?」
「魔王が倒されて敵討ちに来たのか?」
イブキは周りの会話を盗み聞きしながら空を見る。
昼下がりの太陽は若干西へと傾いている。ならばその逆が東と言う事だ。
東に視線を向けたイブキは驚愕する。東とはイブキが歩いてきた大通りの方角だった。
「ッ!」
イブキに考える時間など無かった。腹の空いた自分にパンを譲ってくれたシスターの少女。
彼女が向かっていった先に東門があるのだとすれば、今一番危ない場所にいる事になってしまう。
イブキは親切な少女を助ける為にすぐに足を動かすのだった。
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