第4話

 ───翌日。

 アパートの俺と同じく屋根裏部屋の住民、アキラに起こされたイブキが身支度を整えて一階のリビングへと降りると、食卓にはパンとスープ、飲み物が入った食器類が四つずつ規則的に並んでいた。


「あ!おはようイブキ!ボクセレクトの服はどう?君のカッコよさを最大限に表す為に敢えて普通の白地の服にしてみたんだ!」


 そんな物があるならば早めに出してくれ、とイブキは思う。

 昨日あの何もない部屋で目覚めてから朝起きるまでずーっと全裸であったイブキはそのクレームを胸の内に秘めて席に着く。


「あぁ。おはようアキラ。中々に着心地のいい服だよ。ありがとう」


 そう言ってイブキは眠気覚ましに飲み物を喉に通す。それは不思議な味だった。

 匂いを嗅げばコーヒーなのだが、そこまでの苦味はない。


「なんだこのコーヒー?」

「ビックリした?格好つけてブラックコーヒーを飲みたがるイブキにピッタリのコーヒー擬きだよ」


 格好つけとは我ながら子供っぽい所があるのか、などと自重気味に笑うイブキ。

 しばらくそんな自重とコーヒー(擬き)と言う大人な飲み物を優雅に戴く自分に酔いしれていると二階からドタバタと足音が響く。


「上、うるさいな。二階って誰だっけ?」

「シシーナだよ。いつもバタバタしてるけど今日は一段とバタバタしてるなぁ」


 ったく、と悪態を吐きながらイブキは椅子から立ち上がると階段を上りシシーナの部屋の扉を叩く。


「すいませーん!あまりドタバタしないで下さい!同居人迷惑ですよ!」

「あぁ、すまない。少し朝に弱くてな。髪がちっとも整わないんだ」


 にしてもあのバタバタ音は異常だろ、と思わないわけではないイブキではあったが、口にはせずその場を静寂が包む。

 しばらくしてバタバタ音が止み、ドアの向こうから再び声が発せられる。


「────ちょっと待て。お前まさかイブキか?何故屋根裏部屋から出ている!」


 部屋から出てこないから表情は分からないものの、明らかに怒っている様子のシシーナにイブキは困惑する。


「あの………、俺ってば自由に歩き回る権利すらないんですか?」


 何を今更………、とシシーナは続ける。


「そもそも私は貴様の生きる権利すら認めていない。今こうやって息をしているのはアキラのおかげである事を理解しろ」


 それはイブキも何となくだが理解はしている。記憶を失ったイブキがこうしてここにいるのは全てアキラの行動があったからだ。

 だが、シシーナがそこまで自身を嫌悪する理由がイブキには理解できない。イブキは喧嘩と言ってはいたが、喧嘩で命まで取ろうとするだろうか。イブキにはそうは思えない。


「おはよー」


 何故そこまで自分を嫌うのかシシーナに聞こうとイブキが部屋の前で待っていると三階の住民であるキャッサが欠伸をかきながら階段を降りてくる。


「おはようございます。朝ごはんできてますよ」

「うん。美味しそうなコンソメスープの匂い」


 そのまま細目で階段を降りていくキャツサを見送り、イブキは再びシシーナの部屋の扉に視線を移す。

 すると、いつの間に外に出てきたのか目の前にイブキと同じような服を着たシシーナの豊かな物が二つ飛び込んでくる。


「おわ!?」

「………この程度の気配遮断にすら気付けないとはつくづく呆れさせられる」


 呆れ顔で驚いて尻餅をつくイブキを見下ろすシシーナ。すかさずイブキも聞きたかったことを自分よりも二回りほど大きな女に投げかけた。


「な、なんでシシーナさんは俺を目の敵にするんですか?記憶をなくす前にいったい何があったんですか」

「………答えるつもりはない。アキラとの約束だからな」


 イラついた口調でそう答えるシシーナの拳に力が籠る。


「だが、覚えていろ。私はお前を許さない。今度私の名前を呼んだらその舌を切り落とす」


 脅しではない。それは殺気を向けられて息が詰まっているイブキが一番よくわかることだった。

 フン、と鼻を鳴らして下に向かうシシーナの背を見てようやくイブキは精一杯息を吸い込んでいく。


「イブキー?皆降りてきたよ?何やってるのー?」


 シシーナに対する恐怖や困惑で動けなかったイブキを現実へと引き戻したのはアキラの呼び声だった。

 ハッとしたイブキは慌てて声を上げる。


「お、おーう!今降りる!」


 結局、イブキは自分の正体について何の手がかりも得られないのだった。

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全ては終わりから始まった @yamadasmith

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