第3話

 このアパート風の屋敷の最上階。その上にある屋根裏部屋に少年はいた。

 屋根裏部屋にもベッドや暖炉、テーブルやソファ等生活するには十分な家具が設置されておりイブキは息を吐きながらゆっくりとソファに腰掛ける。

 それと同時だった。


「イブキー!ちょっとお話ししよー!」


 下へ行くための階段からひょこっとアキラが首を出したのだ。

 これには気を抜いていたせいか、イブキもぎょっと目を剥き出してソファから転げ落ちる。


「だ、大丈夫?」

「大丈夫です。ちょっと頭打っただけで………」


 よっこいしょ、とイブキが起き上がるとソファをベッドに向かい合わせてそこにアキラを座らせる。

 そのままイブキがベッドに座ると、少し心配そうな顔を向けながらもアキラが口を開いた。


「じゃあ簡単なことから今日は話していこうか」


 ごくり、とイブキは生唾を飲む。


「日本ってわかる?」


 何とない質問。イブキはこくりと頷く。


「君は日本のある地方で産まれたんだ。ボクもそこで産まれた。君より半年後にだけどね。ボク達は幼馴染だった」


 語る美少年の手に力が入る。


「大学に進学してボク達は上京した。あの時はボクもすっごく嬉しかったんだ。でも───」


 ───長くは続かなかった。

 そう言ったアキラの顔は何処か重く、イブキにとっても何故か重く感じられた。


「君は行方不明になった。警察に捜索願が出されたけど見つからなくて、半年が経った。もうほとんどの人がイブキを忘れ去っていた。そんなある日、ボクはこの世界の人間に召喚された。魔王を倒す二人目の勇者になって欲しいって」

「二人目?」


 ふと溢したイブキの疑問にアキラは首を縦に振る。


「最初の勇者。それがイブキだった」


 ようやくアキラの顔が明るくなると、手をパンと叩く。


「さて、昔話は少し中断してちょっとした常識確認をしていこう」


 そう言うと今度はステータスオープン!と他人が聞けば疑問しか浮かばない言葉をアキラは告げる。

 本来ならば何も起こるはずがない。それが世界の常識だ。

 しかし、ここはイブキの元いた世界ではない。ステータスオープン、と告げれば当然のように目の前にウィンドウが出ても何ら不思議ではないのだ。


「………驚かないね」

「いえ、知ってましたから。世界七不思議の一つ」


 もちろん、この世界でしばらく生活していたであろう記憶を失っているイブキにとっては内心半信半疑ではあったものの、出てきた事に驚きなどはない。


「うーん、知識自体は残ってるのか………。念の為もう少しテストしよう。もうボク達で倒しちゃったんだけどこの国を脅かしていた魔王の名前は?」

「ベルフェゴール………?」

「この世で最も恐れるべきは?」

「かわいいかわいいスライム君」

「ぬるぽ!」

「ガッ!って、これにいたっては絶対異世界関係ないですよね!?」

「はい、ボクに敬語を使わない!ボク達は『アキラ』『うん』で繋がる関係だったんだから」


 はっちゃけ始めたなこの人………、などと不安に思いながらイブキもアキラに習って虚空に向かってステータスオープンと呟く。やはり、自身のステータスは気になるものだ。

 すると、アキラのようにウィンドウの様な物が現れて少年のレベルとステータスを指し示す。

 シュテン・イブキ、Lv.1、筋力6、魔力6、神力7、防御力6、魔法耐性6、俊敏性7。


「何、この………何?」


 イブキは困惑した。見慣れたステータス画面ではあるものの、局所的に見たことのないステータスやあるはずのステータスが見当たらない。


「なるほどなるほど。大まかな常識は覚えてるけど細かい部分は覚えていないのか………」

「………アキラさ、じゃなかった。アキラ?」

「うんうん。やっぱりイブキにはそう呼んでもらうのがスッキリするね。もちろん、君の言いたいことも分かっているとも!」


 アキラは自慢気にソファから立ち上がると、何処からともなく取り出した紙とペンを持って部屋の中心にあるテーブルへと向かう。

 何を書くのだろう、とイブキも気になり後ろからこっそり覗いてみれば記憶にはないが何か見たことのある六角形のグラフが描かれていた。


「描いてる間にイブキの疑問を解消しようか。体力欄がない代わりに神力と言う見慣れない欄があることだよね」

「お、おう………」


 本当に『アキラ』『うん』で伝わる関係性なのか、とイブキは目を見開く。

 アキラも少し嬉しそうにしながらイブキの疑問に答えていく。


「まず体力欄についてだけど、いくらこのトンチキな異世界でも流石に命に関しては数値化できなかったみたい」

「それは、どうして?」

「ボクにもちょっと分からないかなぁ」


 少し肩透かし気味に眉を顰めるイブキ。アキラも申し訳なさそうにそれから、と続ける。


「神力についでなんだけど、これは回復魔法の適正なんだって」

「回復魔法の?」


 アキラが頷く。


「回復魔法は他の魔法と違って必要なのは魔力じゃなくて神が与える愛みたいな者なんだって」

「そんな曖昧なものが数値化されてるのか?」

「そうだよ。とことん不思議な世界だよね。このステータスウィンドウも神が人々に与えた恩恵って言われてるけど実際のところ起源は分かってないし」


 ようやくグラフを描き終わったのか、アキラは紙を持って立ち上がりイブキに見せてくる。

 これにはイブキもどう反応すればいいのか分からず困惑顔を浮かべてしまう。


「これが今のイブキのステータスです!」

「そ、そうだな………」

「ここに見えないステータス、個人の基礎能力値が加算されます」

「………ん?」

「さらにさらに!イブキが今まで生活した中での努力も加算します!」

「待て待て待て待て!もういい!もういい!」


 そろそろ色んな意味で危ないと思い始めたイブキがアキラの解説を無理矢理止める。


「と、とにかく!本人の基礎スペックで増えるステータスと訓練で増えるステータスが見えないけどあるわけね!」

「うんそう!じゃないとレベル1のイブキは赤ちゃん並みの力しかないことになっちゃうからね!」


 あ、じゃあボクはそろそろご飯を作ってくるよ!、とアキラは元気よく階段を降っていく。

 完全に下に行ったのを確認したらイブキはドッと疲れが出てベッドに背中から飛び乗って息を吐く。

 この半日、イブキはアキラという美少年を見てきてわかったことがある。

 彼はまるで暴走機関車のような人間だ。話し始めれば止まらず、かと思えば突拍子もなく動き出す。

 だが、それにイブキは何処か懐かしさを感じてしまうのだった。

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