第9話 ファイナルゲーム(その6)
この声をイートンとボレロは知っている。
声が咳払いを挟んで続ける。
「制服評議会とはイン、ミ、キュウ、ショク、シギャク、ヒギャクという六つの思念体から成る融合体である。その中心はインである。インのレンズを破壊すれば制服評議会は融合体を維持できずにバラけて消えるのである」
全員の視線がスピーカーから制服評議会へ戻る。
スライムの表面に並ぶ六つのレンズ、それぞれの中で顔が戸惑っている。
声が続ける。
「とはいえ、レンズを破壊することは容易ではない。六つの思念体のうちヒギャク。こいつがすべてのダメージを引き受けておるのだから。ヒギャクはその名の通りダメージを受けることを無上の喜びとしておるのである」
戸惑っているのはセーラー、ワンピ、ブレザー、そして、スクールセーターも同じだった。
そんな中でボレロが声をあげる。
「ぽぽちゃんのご主人っす。信用できるっすよ」
「ぽぽちゃんのご主人……森にいた?」
深層域からの帰路で、充駆とイートンから聞いたショートカットの経緯を思い出したらしいセーラーがつぶやく。
「ということは……ですわよ」
ブレザーの表情が険しくなる。
「わたくしたちの攻撃はすべて制服評議会を構成するヒギャクが引き受けて……」
続きをワンピが不快感丸出しで吐き捨てる。
「喜ばせてるだけだってことか」
そこへスクールセーターがぼそり。
「……でも、インのレンズを破壊するしか……ない」
一方の制服評議会は中央に位置するひときわ大きなレンズととなりの小さなひとつのレンズが明滅し合っている。なにかをこそこそと相談しているように。
やがて相談が一段落したのか、中央のレンズ――インがイートンたちに向かって明滅する。
「その通り。私が弱点である“インのレンズ”です。さあ撃ってきなさい。あなたたちの全力で」
レンズを表面に並べている本体とも言うべきスライムが変形して、ずいとインのレンズを前方に突き出す。
“できるものならやってみろ”と言わんばかりに。
ケンカの最中に“殴ってみろよ、効かねーけどな”と頬を相手に向けるチンピラのように。
「ああ、やってやるよ」
ワンピが手裏剣を打つ。
ブレザーが銃口を向けて引き金を引く。
セーラーが槍斧を突き出す。
ボレロが太刀で斬りつける。
イートンがハンマーでぶん殴る。
スクールセーターが触手を伸ばす。
全員でインのレンズ目がけての一点集中攻撃。
しかし、ブレザーの銃弾すら達する前に左右から伸びたスライム本体がレンズを護る。
その動きに全員が察する。これが制服評議会を構成する六つの思念体のひとつ、ヒギャクによる防御姿勢であることを。
ヒギャクが自らの感覚を表面全体に拡散させたスライムを操り、盾とすることで一身に攻撃を引き受けているのだろう。
そして、その攻撃を受けることで“絶頂”を体感しているのだろう。
唇を噛んで睨み据える六人に笑い声が刺さる。
「それよ、それ。それでございますよ。もっともっと強烈なやつを。うひひ」
別のレンズが明滅する。
「おうおう。どいつもこいつもいい表情しやがってよう。弱点教えてもらって希望を抱いて、それが砕かれた時の絶望感てか無力感てか屈辱感てか。それに耐える表情がたまらなくいいじゃねえか。ひゃひゃひゃ」
最初に明滅したレンズがすべての攻撃を受け止めたヒギャクで、続くレンズがシギャクであることはそれぞれの口調から容易に想像できた。
インのレンズを突き出す前にインと相談していたのも、今思えばシギャクだったのだろう。
六人の少女に地団駄を踏ませるために、絶望感を与えるために。
今思えばすべてが終わった深層域でイートンが泣き止むまでじっと制服評議会は中空に浮かんで待っていた。
それはイートンの精神状態が安定するまで待っていたのではなく、単にイートンの――少女の泣き声を聞いていたかっただけなのだ。シギャクが。
「なにが制服評議会だ。ただの変態集団じゃねえか」
ぶち切れ状態のワンピに制服評議会の代表であるインのレンズが答える。
「やっと気付きましたか」
そして、続ける。
「我々はそれぞれがそれぞれの趣味嗜好を満たすべく融合した思念体なのですよ」
さらにそれぞれのレンズが次々と明滅を繰り返す。
「すうはあすうはあ。その趣味嗜好は違えども共通しているのはターゲットが女子校生ということくん」
「なでなで。女子校生に“したい・されたい”の煩悩の集合体だということもみ」
「じゅるりじゅるり。我々にとっちゃ女子校生こそ理想にして終着点なんだぺろ」
「おうおう、どうした。終わりじゃねえだろうなあ。ひゃひゃひゃ」
「もっともっと、痛めつけてくださいませよ。うひひ」
それぞれのレンズがその醜悪な本音を隠すことなくカミングアウトしていく。
充駆の部屋で最後に言った通り、本来の意図がばれた上、造反を宣言した五人と最初からすべて知っていたスクールセーターを前にして、これまで繕ってきた本性を隠す意味もつもりもなくなったのだろう。
イートン、ボレロ、セーラー、ワンピ、ブレザーの心中に初めて恐怖と戦慄がよぎる。
事前に制服廃止論者から制服評議会の本心を聞いていたはずのスクールセーターすら顔色を失っている。
「もういいでしょう――」
そんな六人を嘲笑うようにインのレンズが声を上げる。
「――それぞれが女子校生を堪能しようではありませんか、それぞれの嗜好に合わせて」
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