第8話 僕の部屋で(その2)

「イートン?」

「どうしたんですの?」

 悲鳴を上げ続ける十センチのイートンが頭を抱えて、となりに座る充駆へと身体を寄せる。

「大丈夫か?」

 そのイートンを充駆の両手が反射的に包み込む。

 瞬時に充駆の身体がイートンのものに変わった。

 直後にその右耳からずるりと這い出すものがある。

「制服廃止論者か?」

 ワンピが腰を浮かせる。

「違う。廃止論者じゃない」

 セーラーが制する。

 思念体が答える。

「そうです。私は制服廃止論者ではありません。あなたたちがご存じの制服評議会――の断片です」

 声を上げたのはブレザー。

「そ、その制服評議会が、どうしてイートンの中にいるんですの?」

「深層域で制服廃止論者を狙撃したことを憶えていますか」

「帰り道で言ってたあれか?」

 充駆に向けたワンピの言葉に、セーラーとブレザーも充駆を見る。

 ワンピとセーラーとブレザーは狙撃シーンを見ておらず、深層域からの帰路で充駆とイートンから聞いた話でしか知らない。

 しかし、その場にいた充駆は今でもありありと思い出す。

 深層域の氷原で、スクールセーターの口元から生えるように姿を現した制服廃止論者を銃弾のように貫いた制服評議会の断片を。

 充駆が耳から制服評議会を生やしたままの状態でつぶやく。

「まさか、その“銃弾”が……」

 制服評議会が答える。

「その通りです。制服廃止論者を狙撃した“銃弾”はそこからボレロにとりついてその体機能を駆使して鍵を追い、さらにクレバスへ落ちながら……その中の一部が最も近くにいたイートンの身体に乗り移ったのですよ」

 充駆の耳から這いだした制服評議会の断片は天井近くまでするするとその身を伸ばして五人を見下ろす。

「みなさん、スクールセーターそいつの話を聞いてどう思いました?」

 セーラーがもたれかかっていた窓枠から身体を起こして断片を見上げる。

「私たちはただの制服に過ぎない。だから学校制度全体の問題や人間たちの経済活動や家庭環境に関しては知らないし関係ない」

 そして、続ける。

「だが、制服評議会が女子校生の商品価値を高めるために私たちを利用していたというのなら、それ以前に女子校生を“商品”としてしか認識してないというのなら、私たちは制服として女子校生の尊厳を蔑ろにする者に与するわけにはいかない」

 制服評議会の断片が返す。

「女子校生の記号アイコンに過ぎない制服風情が」

 声こそいつものままだが、その口調は明らかに見下し、苛立ちを含んでいた。

 そして、その言葉に制服評議会がスクールセーターや制服廃止論者の言う通りの団体であったことをこの場の全員が理解する。

 断片が続ける。

「与するわけにはいかない、ですか。ならば、どうするつもりです?」

 セーラーがとなりでイスに座ったまま見上げているワンピに“言ってやれ”と言わんばかりにあごで促す。

 ワンピは右手に手裏剣を集束させると不敵な笑みで断片に告げる。

「潰してやんよ。てめーらを」

 断片が笑う。

 そして、返す。

「ああ。そうですか。真意がばれた上、造反するというのならこちらとしてもあなたがたを切り捨てて新しい擬人化体オンナノコをそろえることにしましょう。いつでも来るがいいでしょう。処分してあげます。待ってますよ」

 そこでセーラーがいつのまにか手にしていた槍斧の槍先で断片を貫いた。

 断片は生き物のように痙攣しながら蒸発を始めるが、その一部がぽっかりと穴のように開いて小さなビンを吐き出す。

「イートン。あなたがお待ちかねだった思念エネルギーです。受け取りなさい。それと“人間の男”」

 床を転がるビンを目で追っていた充駆が弾かれたように断片を見上げる。

「さっき面白いことを言ってましたね。憧れてた子もいるとか。“人間の男そっち”から見れば私たちはピュアな憧れを汚す存在なのでしょうね。でも、制服評議会こっちから見れば――」

 充駆が断片を睨み付ける。

「――制服ごときに憧れることそのものがくだらないことなのですよ。もっとましなものに憧れれば、その子も死なずに済んだかもしれ……」

 充駆は自分でも気付かないうちに自身の耳から生える制服評議会の断片を引きちぎっていた。

 そして、開いた手の中で蒸発していく断片を見下ろす。

 全身から怒気をみなぎらせながら。

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