第8話 僕の部屋で(その1)

「ただいまあ」

「おかえりい」

 充駆の家では母親がリビングのソファでタブレットを相手に今夜の献立を検討していた。

 息子が潜在意識空間でいろいろな目にあったことなど知る由もなく、タブレットを見たまま答える。

 しかし。

「失礼いたしますわ」

「ちわー」

「……こんにちわ」

「おジャマします」

「部屋、お借りします」

 次々と投げられる女子の声に慌ててリビングを出ると、すでに誰もいない階段を見上げて声を掛ける。

「充駆、お友達が一緒?」

 自分の部屋へ入ろうとしていた最後尾の充駆が階段の最上段から見下ろす。

「ああ、うん」

「何人?」

「えっと――」

 一旦部屋を見返して目で数える。

 セーラー、ワンピ、ブレザー、スクールセーター、そして、十センチのイートン。

「――五人かな」

「ご……」

 大げさに驚いた表情で絶句する母親に慌てて付け足す。

「なにも持ってこなくていいからっ」

 ばたんとドアを閉じ、改めて室内を見渡す。

 無趣味なこともあり、あまりものがある部屋ではないけれど、それでも六畳にこの人数――とはいえひとりは十センチなのだが――は、さすがに狭い。

 ベッドには快復しきってないスクールセーターが横になり、かたわらにその手を握ったブレザーが腰を下ろしている。

 ワンピは勉強机のイスに胡坐あぐらで、セーラーは窓枠に尻を載せるようにもたれかかっている。

 そんな、充駆の部屋としてはありえない“女子部屋”になった部屋の中央では、浮遊したイートンが珍し気に室内を見渡している。

 充駆が浮遊したイートンのかたわらに腰を落ち着けるのと同時にセーラーが声を掛ける。

「で、話というのは」

 スクールセーターが仰向けのまま口を開く。

「みんなは……制服廃止論者のことを……どこまで……」

「まったく知りませんわ」

「オレも知らねえ」

「わ、私も」

 しかし、セーラーだけは。

「聞いたことはある」

 集中する目線に促されるように続ける。

「学校制服は生徒の没個性化に拍車をかけたり、管理社会の象徴的側面があったり、保護者への経済的負担が大きいことから無くすべきという考え方だ」

 一気に空気が重くなった。

 充駆のかたわらでイートンがぽつりとつぶやく。

「私たちってそんな存在だったんですか」

 誰もなにも答えない。

 イートンが続ける。

「そんなに私たちは忌み嫌われている存在だったんですね。世の中に不要な、存在しちゃいけない立場だったんですね」

 そのうわずった声に充駆が答える。

「確かにそういう考えもあるだろうけど、それが人間の総意じゃない」

 今度は充駆に視線が集まる。

 女子の視線に不慣れなゆえに、その視線からの圧力を避けるように顔を伏せながら、それでもはっきりと告げる。

「純粋に制服に憧れて、そのために生きようとしてた子がいる。そのために生きたいと願いながら果たせなかった子がいる」

 脳裏に佐伯理未の笑顔がよぎる。

「だから“忌み嫌われてる”とか“世の中に不要な”とか“存在しちゃいけない”とか……思わないでほしいなと」

 それはイートンだけではなく、イートンと同様に自身の存在価値を揺らがせた全員に向けての言葉だった。

「充駆――」

 口を開いたのはワンピ。

「――ありがとな」

「は?」

 意外なところから礼を言われて面食らう充駆だったが、続くスクールセーターの言葉に目線を戻す。

「確かに……セーラーの言う理由で……制服を廃止すべきという考えもある。……でも、ボクが一緒だった制服廃止論者は……違う。ボクが……あの制服廃止論者から聞いたことは……」

 スクールセーターのたどたどしい言葉に、充駆は“制服廃止論の中にも宗派や流派のようなものがあるのか?”などと思いながら耳を傾ける。

 スクールセーターは続ける。

「制服廃止論者が本当に阻止したかったこと……本当に怒っていることは……制服という“マジックアイテム”が女子校生の商品としての価値を高める働きがあって……それを利用しようとする考えが……そういう勢力が……存在するから……。制服によって女子校生の商品価値を高めようと……欲望の対象としての女子校生という商品の完成度を上げるために制服を利用しようと……そんなことを考えている連中がいて……それが……」

「……制服評議会、か」

 震える声のセーラーにスクールセーターが頷く。

「マジか……」

 信じられないという表情でワンピがつぶやく。

 黙っているイートンとブレザーも同じ感情なのだろう。

 充駆は今の話を頭の中で整理する。

 制服評議会にとって制服とは商品としての――さらには欲望の対象としての――女子校生をグレードアップさせるためのアイテムでしかないこと。

 そして、それを批判、否定しているのがスクールセーターと一緒にいた制服廃止論者だということ。

 その時、不意にイートンが悲鳴を上げた。

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